ISO9001/ISO14001
コンサルティング・研修

   
論評
  実務の視点  ISO マネジメントシステム コンサルタントの切り口
このセクションでは、 MS 実務の視点主宰者が、ISOマネジメントシステム規格を取巻く種々の問題を取上げ、
実務の視点に立つ  ISO マネジメントシステム コンサルタント としての見方、考え方を披露します。
目  次
日本のISO取組み
の疑問と問題

-論評 我田引水-
認証審査と
法規制違反抑止

(時事寸評-第二編)
メールマガジン
マネジメントシステム
と規格


"MS 実務の視点"主宰者
ISO マネジメントシステム コンサルタント

岡          賢

サニーヒルズコンサルタント
事務所
コンサルタント の プロフィール


テーマ別  目次
-日本のISO取組みの問題点-
認証制度の効用
機能不全
まやかしの 有効性審査論議
ISO14001大国の京都議定書
組織の業務能力が不足
誤った規格解釈、取組み
誤った登録審査基準の適用
誤った登録制度運用
審査登録についてのJAB新見解
再建の道筋狂わす登録停止
登録証有効性への疑念報道
ISO14001と環境配慮投・融資
登録組織不祥事と業界対応
製品の品質と システム の品質
役に立たないISOの行く末
ISOは役に立っているか
誤解
自治体の登録は税金の無駄
ISO14001は中小企業に重荷か
簡易版EMSは中小企業のためか

テーマ別  目次
-日本のISO取組みの問題点-
認証制度管理
権威主義と機関益
有効性審査論議の決着
要求事項不変でも厳しい審査
要求事項不変でも審査不能?

要求事項不変でも解説書必要?
要求事項不変でも"移行"?
要求事項不変でもシステム見直し?
審査登録についてのJAB新見解
ISOコンサルタント登録制度打切り
ISO専門誌“アイソムズ”休刊宣言
プール事故対応と日米規格観
ISO機能不全の構造要因
コンサルタント登録制度は誰のため?
審査機関の顧客は誰か?
自在な説明、自在な解釈
JIS独自註釈の間違いの始末
不祥事は是正処置とればよい
環境影響とは
食い違うISO14001 改訂説明
"いいとこ取り"のEMS
ISO14001::2004で審査が厳格化
規格解釈は誰のためか?
製品の品質と システム の品質
制度批判への対応
審査登録についてのJAB新見解
登録証有効性への疑念報道
ISO9001は 効果が出ない 規格
審査とコンサルティング分離の新方針
付加価値のある審査

テーマ別  目次
-日本のISO取組みの問題点-
規格運用の実態
論理不在
マネジメントへのトップマネジメントの関与
マネジメントシステムは経営のツール
内部監査は”経営に役立つ”
製品の品質と システム の品質
論理の説明のない簡易版EMS
製品、環境の改善は不要
付加価値のある審査
形式的運用
登録取得組織の不祥事の原因
登録取得は取引継続の保証?
審査のバラツキの原因は組織
継続的改善は経営の普遍目的
ISO思考停止症の管理者達
形式的内部監査の落とし穴

テーマ別  目次
-日本のISO取組みの問題点-
機能させるには
"要求事項"の誤解
"要求事項"が"要件になるか?
"要求"と"必要"で異なる成果
登録取得組織の業務能力
登録取得組織の不祥事の原因
要求事項の意図と表現
"要求事項"は"必要事項"
規格は要求しない  
すべては"要求事項"から
必要条件と十分条件
その他解釈
記録の意義
文書のスリム化/システムのスリム化
システムを構築するということ

テーマ別  目次
-特定テーマで考える-
不祥事
登録取得組織が不祥事
を起こす理由
83. トヨタ自動車大量リコール
53. 誤った規格解釈と取組み
54. 誤った登録制度統制
55. 誤った登録審査基準適用
56. 組織の業務能力が難関
61. 経営トップの空虚なコミットメント
不祥事対応
の取組み
87. 推定:有効性審査裏側(2)
86. 推定:有効性審査裏側(1)
85. 迷走 有効性審査論議(6)
84. 迷走 有効性審査論議(5)
82. 迷走 有効性審査論議(4)
80. 迷走 有効性審査論議(3)
79. 迷走 有効性審査論議(2)
78. 迷走 有効性審査論議(1)
76. 発展の芽を摘取る業界
68.「有効な適合性審査」
65.「有効性審査」で信頼回復
64. 結果が大切
63. 欧米でも信頼は失墜
60. つながる点と線
52. 審査のあり方 JAB新見解
13. 審査とコンサル分離 JAB新指針

日本のISO取組みの疑問と問題点 論 評 我田引水− 62
実務の視点で、ISO9001/ISO14001マネジメントシステムの
認証、登録制度と体制 、並びに、その下での統制、規格の解釈 及び  関連する活動
に関する日本の実態、更に、組織の規格取組みの実状
について問題を提起し、規格制定の意図に沿った適切な取組み方を考えます。
   目 次
<最新号>
87. 推測:有効性審査論議の裏側 (2) それぞれの思惑(H22,7.22)
86. 推測:有効性審査論議の裏側 (1) 気楽な稼業(H22,6.27)
85. 迷走を続ける有効性審査論議 (6) まやかしの議論と結論(H22,3.21
84. 迷走を続ける有効性審査論議 (5) 審査現場混乱が必至の権威主義的決着(H22,3.9)
83. ISO9001認証制度の有効性の検討−トヨタ自動車の大量リコール問題(H22,2.23)
  規格理解
81. ISO50001で『要求事項』は『要件』に変わるか?−社会に役立つための条件
75. 明らかになった2000年版のJIS独自註釈の間違いのとんだ後始末
57. “要求”か“必要”で大違いの規格取組みと成果
−五度、“要求事項”を論じる
44. 環境影響とは  −不可解な日本語
43. マネジメントシステムにはトップマネジメントの関与が大切か? −
片仮名英語の弊害
42. 日米で食い違うISO14001:2004 改訂の背景説明−
どちらが本当か?
37. 内部監査は"経営に役立つ"のか
−新たな空理空論
34. 規格は要求しない

28. "いいとこ取り"のEMS  −いつでも組織は悪者
27.マネジメントシステムは経営のツール ? -大いなる錯覚
26. 要求事項の意図と要求事項の表現
23. 遂に全国誌に登場、「"要求事項"は"必要事項"」という真実
22. ISO9001 はそれだけでは "効果が出ない" 規格か ?
20. 継継続的改善はマネジメントの普遍的目的
18. 規格解釈は誰のためか? 
−旧版誤訳を糊塗するISO14001改訂説明
17.
製品の品質とシステムの品質
14. 必要条件と十分条件
−機能するISOシステムにするには
10. 製品の改善、環境パフォーマンスの改善は不必要か?
9. 記録の意義
7. システムを構築するということ
8. 文書のスリム化とシステムのスリム化
5. すべては"要求事項"から始まった 
 
  認証制度
85. 迷走を続ける有効性審査論議(6) まやかしの議論と結論
84. 迷走を続ける有効性審査論議(5) 審査現場混乱が必至の権威主義的決着
83. ISO9001認証制度の有効性の検討−トヨタ自動車の大量リコール問題に関連して
82. 迷走を続ける有効性審査論議(4) 監査の論理を無視した議論が原因
80. 迷走を続ける有効性審査論議(3) 有効性審査の監査基準、判断基準は何か
79. 迷走を続ける有効性審査論議(2) 何の有効性を審査するのか
78. 迷走を続ける有効性審査論議(1) 有効性審査は適合性審査とどう違うのか
76.発展の芽を自ら摘み取る認証業界−JABが2つの文書を発表した意図
74.ISO14001登録大国の京都議定書未達の不思議−目くそが鼻くそを笑う
68. 登録取得組織の不祥事は認証審査にも責任−有効な適合性審査
65. 「有効性審査」で認証制度の信頼が回復するのか−経産省ガイダンス文書
64. 結果が大切 -ISO登録証信頼向上取組みの合言葉
63. 欧米でもISO9001/14001登録証への信頼は失墜、でも...
55. (続々)登録取得組織が不祥事を起こす理由−誤った登録審査基準の適用
54. (続)登録取得組織が不祥事を起こす理由−誤った登録制度統制
52. 混迷を深めるか審査登録制度−審査のあり方に関するJAB新見解
51. 不二家再建の道筋狂わすISO9001登録停止の決定−時事寸評番外編
49. ISO登録証の有効性への疑念報道−不二家の品質不祥事
47. ISO14001と環境配慮投資、融資−価値のない登録証
46. プール事故死対応に見られる規格観の日米差異
45. 登録組織の不祥事と業界の対応−審査登録制度の信頼性を毀損
38. ISO機能不全の構造要因
29. 審査機関の顧客は受審組織ではないという考え方
25. 登録証取得は将来的にも取引継続の保証になるか?
24. ISO14001:2004 で認証審査が厳格化される?
21. 審査のばらつきは受審組織が原因
19. 自治体のISO14001認証登録は税金の無駄遣い?
16. 論理の説明のない簡易版EMS
13. 審査とコンサル分離のJAB 新指針
6. 役に立たないISOマネジメントシステム の行く末
4. ISO14001導入は中小企業には重荷か
3. 付加価値のある審査
  登録/認証取得 組 織
61. (追)登録取得組織が不祥事を起こす理由−経営トップの空虚なコミットメントが問題潜在化
56. (完)登録取得組織が不祥事を起こす理由−
組織の業務能力が難関
53. 登録取得組織が不祥事を起こす理由−
誤った規格解釈と取組み
12. ISO思考停止症の管理者達
11. 規格の意図に沿わない内部監査の落し穴
2. ISOは役に立っているか?
−混迷の実状
 
  認証制度 関連事業
50  ISOコンサルタント登録事業打切り規格協会、やはり自分のためだった?
48  ISO専門誌“アイソムズ”休刊宣言
業界広報誌への読者の反乱?
38. 制度に反対する本当の理由
−(その5) ISOコンサルタント登録制度
36. 必要理由が取替えられた訳は? −
(その4) ISOコンサルタント登録制度
35. 何を公平に ”評価” するのか −
(続々) ISOコンサルタント登録制度
33. 理屈の通らない必要理由の説明 −
(続) ISOコンサルタント登録制度
32. 規格協会のISOコンサルタント登録制度は誰のためか 
1. 簡易版EMSは中小企業のために必要か、そして、利益になるか
 
  日本認証業界よもやま話
87. 推測:有効性審査論議の裏側 (2) それぞれの思惑
86. 推測:有効性審査論議の裏側
(1) 気楽な稼業
77. 縮みゆくISO9001/14001認証バブル
60. つながる点と線 -認定改革IAF案対応のJAB筋書
59. 泣く子と地頭とJRCA  
58. 競争を加速する非JAB系審査登録機関の進出
 
  2008年版 改訂狂想曲   −要求事項が不変なのに
73.えっ! もう2008年版の改訂を開始? −暴走するTC176
72.改訂することが目的だった改訂作業 −
規格の商品化
71.要求事項変更がないのに「移行」審査の厳しい手続き −
審査の勿体
70.要求事項変更ないのに 改めて審査員能力の評価が必要? −
機関益
69. 要求事項変更なくても 2008年版解説書は必要か ? −
改訂便乗
67. 要求事項の変更のない 2008年版へ“移行”とは?
−JABの思惑
66. ISO9001:2008、要求事項が不変でも システムの見直しが必要?
−認証機関の矜持
62. 救世主になれそうもないISO9001の2008年改訂(追補)版  
−無節操

(註) 規格条文引用時の*印はJIS翻訳と異なる筆者のISO英文の翻訳であることを示す。

テーマ別 目次
1) 認証制度の効用  −機能不全/誤解
2) 不祥事 −登録取得組織が不祥事を起こす理由/不祥事対応の取組み
3) 認証制度管理 −権威主義と機関益/自在な説明、自在な解釈/制度批判への対応
4) 規格運用の実態  − 論理不在/ 形式的運用
5)機能させるには − 要求事項の誤解/その他解釈



87. 推測:有効性審査論議の裏側 (2) それぞれの思惑
  日本振興銀行の金融庁検査忌避事件で前会長や現社長を初め経営幹部5人が逮捕された。容疑は立入検査に対して業務内容隠蔽のため電子メールを削除し、虚偽の説明をしたこととされる。ISO9001/14001の認証審査でも、組織による虚偽説明や事実の隠蔽があれば不祥事の発生を予見できないから、銀行検査の場合と同様に重罪である。JABはこれに対する対応の指針を「推奨事項」として昨年定めた。これによると、虚偽説明が後に判明した場合には、認証機関はこの組織を登録の一時停止、又は、取消し処分に付し、更に、一年程度の期間の再申請を受付けないようにすることがあってもよい。このJABの「推奨事項」は銀行検査と比べて如何にも甘い。
 
  しかしこれは認証機関にとってはありがたい。審査を厳しくすると顧客が逃げるのが現実である。審査では不適合は数多く見つかるが、ほとんどを観察事項とか改善事項という形にして不適合指摘の数を絞り、更に、是正処置をとりやすい不適合を選ぶというような操作が審査員の智恵となっている。審査を厳しくし、是正処置要求を増やしても認証組織は対応できず、多くの企業が認証制度から脱落し、新たな認証取得に二の足を踏むことになるのは必定である。これでは認証機関は生きていけない。不祥事や虚偽説明に対する制裁を強化することが、登録件数の増加か減少のどちらに繋がるかと言えば、後者であることに間違いない。金融庁はお役所だからよいが、認証機関としては顧客に厳しくなれない。
 
  JABのこの甘い処置の真の狙いは認証組織、つまり、企業の保護にある。日本にはTQCがあり、その結果で世界に冠たる品質競争力を持ったのであり、ISO9001のような西洋文明は不要である。ISO9001と認証制度は日本企業を欧州市場から締め出そうとする西欧の陰謀である。ISO14001も同じ意図を潜めている。下手をすると、西欧流を強制され、輸出可否を西欧の認証機関によって判断され、日本企業の競争力をずたずたにされてしまう。これは大変と、35の産業団体が資金を出して設立したのがJABである。JABの母体は他ならぬ認証組織である。
 
  JABとしては、不祥事で既に打撃を受けた組織に認証制度上の制裁で追い打ちをかけるようなことはできない。以前は、安易に登録一時停止処置を課すなとさえ認証機関に警告していた。最近でも、問題を調査して必要なら一時停止等の処置をするのが認証制度のルールであるという以上のことは言っていない。虚偽説明組織への甘い処置基準も、この一環である。登録証を一時停止されたら、その間の企業は取引に支障を来す。まして、登録を取消されたり、虚偽説明だから永久追放などという処置をとられたら、その企業はおしまいになり兼ねない。これでは西欧の思うつぼである。JABには認証制度の信頼性の低下より、審査で不合格になる組織が出たり、登録を取消される組織が出ることの方が問題なのである。突き詰めるとJABには認証制度の発展には関心がない。社会からの不信で認証制度が世界的に瓦解するならそれほど結構なことはない。JABは日本経済を外敵から守った英雄として晴れて役割を終える。
 
  西欧の陰謀から日本経済を守るという愛国主義は、ISO規格作成に参画する国内委員会メンバーなど業界権威層の認識と行動規範でもある。これは多分にTQCや省エネルギー・公害防止技術の実績を無視されたとの想いとそれへの照れ隠しと関連する。ISO9001/14001規格も認証制度も基本的に日本では不要であり、役立つものではない。業界権威層が、認証制度が不祥事防止と無関係と率先して主張する背景はここにある。本当に不祥事がなくなり登録証の信頼性が回復してしまったのでは、規格や認証制度の有効性が明らかになるから困るのである。しかし、その役割と権威は認証制度あってこそであるから、規格と認証制度の瓦解を望むものではない。こちらになると認証機関と利害が一致する。実際、権威層は規格の意図を無視した形式的な甘い規格解釈によって、登録件数増大を手助けしている。
 
業界権威層、JAB、認証機関のいずれもがそれぞれの思惑から、不祥事の効果的な防止による登録証の信頼性回復を望んでいない。深いところでは異なるが、いわゆる不祥事と認証制度の信頼性回復の問題についてはすべての当事者の思惑が一致している。認証機関としてはひとまず安心だ。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-87>

86. 推測:有効性審査論議の裏側 (1) 気楽な稼業  
   繰り広げられてきた有効性審査論議にもかかわらず、認証業界には組織の不祥事を防止する意思は全くない。認証機関は、組織のマネジメントシステムの品質を審査するのであり、製品の品質や環境影響の大きさを審査するのではない。登録証を不祥事の発生の可能性のない保証だと社会が見るのは間違っている。恐れ多くて言えないがJAB(日本適合性認定協会)はもっとこれを社会にわからせるようにしてもらわなければ困る。
   
 そもそも不祥事防止が認証制度の目的でないというのは、JABの考えである。不祥事を起こした組織にその不適合の再発防止処置をとらせることに認証制度の意義があるのである。この認証制度は製品の検査や財務諸表の監査とは違うのだ。社会から追及されるとついつい、捜査権がないので組織が隠した場合は見つけることはできないとか、抜き取り調査なので全部の不適合は見つけることはできないというような言い訳をしてしまう。こんな軽薄な言い訳を口走ってしまうのは、今の認証審査でよいのかプロとして心にひっかりがあるからかもしれない。
 
  しかも考えてみるとこの言い訳では、認証審査の目的が不祥事の防止だと認めていることにもなる。JABもはっきりと言わないが、規格不適合があれば不祥事が起きる可能性があるという考えである。つまり、規格に適合なら組織は不祥事を起こすことはなく、不適合があるから不祥事を起こすのである。ここまでは認めなければならないのかもしれない。それでもJABは、不祥事防止は認証制度の目的でないと言っている。つまり、認証審査は不祥事発生に結びつく可能性のある不適合を見つけるために行なうとしても、すべてのそのような不適合を見つけるまでの必要はないということである。見落とした不適合によって不祥事が発生したら、認証機関は臨時審査を行い、不祥事発生の原因となった不適合を見つけて、その再発防止処置を組織に要求すればよい。それが認証機関の仕事なのである。
 
  これでははっきり言って、認証審査では不適合を見つければよし、見つけなくてもよしである。どんな審査でも、事後に良悪が判明するというような事態は生じない。審査さえすればお金が入ってくる。マスコミが事あるごとに騒ぎ、審査員への批判の声も聞くが、実際の認証業務においては、どの組織も認証機関の要求に従順だ。認証審査でも審査員は丁重に応対され、その判断や所見はありがたく拝聴され、受け入れられている。当事者は今の認証審査で満足している。それなのに肝心のJABが世間に押されて、不祥事防止に関連して有効性審査をしなければならないと言い出した。3年かかったが最後にJABが「マネジメントシステムが規格の要求事項に適合しているということは、有効に機能していることでもある。だから審査では有効性を確認しなければならない」と結論を出してくれた。何のことかわからないと審査員から不満の声を聞くが、少なくとも不祥事という言葉はどこにもない。もうこれからは不祥事のことは考えなくてもよいと言うことである。
 
  これを気楽な稼業だと言われるなら、JABのお蔭だ。JABには認定審査であれこれ細かいことを要求されるが、そんなことは大したことではない。JAB結論の「適合性審査では有効性を確認しなければならない」に沿うように何らかの形をつけて、JABの社会に対する顔をつぶすことのないようがんばっていこう。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-86>

85. 迷走を続ける有効性審査論議 (6) まやかしの議論と結論
   2年間迷走を続けた有効性審査論議は、信頼回復の道筋が明らかにされないまま、狙いや方法論の具体性のない有効性審査の徹底という結論で決着した。議論が迷走したのは論理不在のためであり、訳のわからないままでも議論が決着したとするのは業界の権威主義の反映である。しかし、このような議論となり、このような決着となる別の本質的必然がある。すなわち、議論は初めから、社会の期待する認証組織の品質/環境事故、不祥事の抑止を目指したものではなかったからである。
 
  有効性審査なるものはJABが意図を明確にせずに持ち出し、経産省ガイドラインで信頼回復の手段となった。すなわち、認証取得組織の相次ぐ事故や不祥事が認証制度に対する社会の信頼の低下の原因であり、有効性審査でこの解決を図らんとするものである。従って、有効性審査は、事故や不祥事を起こすような組織を見極めることが可能な審査方法でなければならない。可能性の認められる組織には是正処置を繰り返させ、或いは、登録証を発行しない。これにより、登録取得組織が事故や不祥事を発生させることはなくなり、社会の認証制度に対する不信が解消する。
 
  ところがJABは、認証制度は組織が品質/環境事故や不祥事を発生させないことを保証するものではないとする立場である。事故や不祥事を起こした組織に再発防止処置をとらせることに制度の意義があるのであって、社会が制度に事故や不祥事の抑止を期待することが間違っているという主張である。これはJABの考え方として文書に表され、この数年の信頼回復を掲げたISO大会の基調講演資料にも、婉曲的な表現ではあるが、明確に記されている。経産省ガイドラインもこの考えに立っていることは、信頼性回復の対応策として有効性審査の徹底と共に認証制度の積極的広報が挙げられていることで明らかである。しかし、この主張をこの時期にあからさまに述べることは憚られるので、後に嘘つき呼ばわりされるのを避けることができる程度に記録としてひっそりと残している。
 
  昨年秋まで2年半の有効性審査論議は、この前提に立って行なわれてきた。従って、有効性審査を、マネジメントシステムが有効に機能していることを見る審査だと言いながら、有効に機能していることと事故や不祥事を起こさないということとの関係については、議論は立ち入ることが出来ない。最終結論でも、これを「期待される結果を出すことができる状態にある」こととするだけで、事故や不祥事の抑止との関係には頬被りするしかない。
 
  さらに、JABは有効性審査が必要とする根拠にJISQ17021:2007の序文の記述を挙げ、以降の有効性審査論議はすべてこの文言に関して行なわれた。しかし、この規格は適合性評価制度の下のマネジメントシステム認証機関に対する要件を定めたものであるから、その序文は適合性審査のあり方を記述している。序文文言について考えれば考えるほど、適合性審査とは異なる有効性審査など存在しないということになる。そこで最終結論では「有効性審査は適合性審査に含まれる」となった。しかし、適合性審査でよいというのでは従来と変わらず、信頼回復という建前に照らして理屈がつかない。だから、「従って、有効性審査をしなければならない」という日本語にもならない結論となった。
 
  信頼回復と称しながら社会の期待に応えるつもりのない有効性審査論議が続けられ、適当なところで幕が引かれた。こう見るのは、憶測に過ぎないかもしれない。しかし、JABや業界が、社会の期待する事故や不祥事の抑止は制度の目的ではなく、或いは、制度の,限界を越えるとする考えに立ち、有効性審査論議がこの上に立って行なわれたことは間違いない。少なくとも、事故や不祥事を発生させる可能性のある組織を見極めることを目的として議論が行なわれたという形跡はない。最終結論の有効性審査についても、事故や不祥事の発生防止に繋がるという説明はない。この有効性審査論議と最終結論は、社会の期待に真っ直ぐに向き合ってはいない。これを信頼回復の追求であると主張するのなら、まやかしと言われてもしかたないのではないか。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-85>

84. 迷走を続ける有効性審査論議 (5) 審査現場混乱が必至の権威主義的決着
    同じようで違うようでもある見解が様々に出され、議論がぐるぐる廻っているだけに見えた有効性審査論議は、昨秋のガイドライン対応委員会の見解で決着したのだそうだ。この見解が最終結論であり、今後の認証審査を拘束する。これでは、社会の認証制度への信頼回復などあり得ないばかりか、認証審査の現場の混乱が待っているだけである。
 
  第一に、最終報告書は、内容も論理も矛盾に満ち、徹底しなければならないとされる有効性審査なるものの狙いも効果も、方法論も何ひとつ明確でない。
すなわち、最終見解は次の通りであり、
@ 有効性審査と適合性審査は本来、切り離して扱われるものではない。マネジメントシステムが規格の要求事項に適合しているということは、有効に機能していることでもある。
A 従って、マネジメントシステムの適合性の評価では、マネジメントシステムの有効性を確認しなければならない。
B システムの有効性とは、「構築された仕組みによって期待される結果を出すことができる状態にある」かどうかである。
 
  ここに@は、誠に正しい見解である。WG4報告会では「適合性審査の中に有効性審査も包含される」と歯切れがよい。つまり、適合性審査ではない有効性審査という代物は存在しないという結論である。しかしそれなら、3年前のJABの適合性審査だけでは不十分であり、有効性審査が必要と言う見解は間違っていたことになる。 更に、@で適合性審査は有効性審査を含むと言うのだから、適合性審査をやればよいのかと思ったら、Aでは、だから有効性審査をしなければならないと言う。WG4報告会のQ&Aでは、「今まで(適合性審査)と同じ」かそれとも「期待される結果が実現できるように運用されているかを評価する」という(別の)ことかという質問には「両方を意味している」と答えている。適合性審査に含まれるが有効性審査も必要と言うというのだから日本語になっていない。
 
  Bも正しい。規格で有効性とは「計画した活動が実行され、計画した結果が達成された程度」であるから、システムの有効性を定義するとこうなる。問題は、この「期待される結果」が社会の問題視する事故や不祥事のないことなのかである。WG4報告会では「仕組みがあってもそれが有効に機能していないことを認証審査で見つけられなかったために不祥事を防止することができなかったのではないかという問題意識から経産省ガイドラインができたと考える」と官僚の国会答弁で、まともに答えていない。
 
  第二に、この報告書のどこにも、それまでの数々の有効性審査論議の様々な見解を考察した跡がない。発端の3年前のJAB見解との関係にさえ頬被りであり、その最終見解の妥当性の説明もない。この見解には論理がなく、社会の信頼回復との関係も不明である。何事も権威者の都合のよい上意下達で済むこの業界ならではの有効性審査論議の決着のしかたである。認証審査に携わる人々の多くが、納得も理解もしていない。
 
  この何のことかわからない有効性審査とやらが、今後の認証審査では徹底されることになるのだそうだ。認証機関も権威に服従し、わかった振りをして有効性審査とやらを目指すのであろう。不祥事はなくならず、審査を意味なくややこしくして受審組織に迷惑をかけるだけなのにである。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-84>

83. ISO9001認証制度の有効性の検討−トヨタ自動車の大量リコール問題に関連して  
   欧米向け車のアクセルペダル動作不具合とプリウスのブレーキの効き方不具合に対する大量リコールでトヨタ自動車への信頼が揺らいでいる。この2件の品質事故が登録取得組織のT社が発生させたという仮定の下に、T社に登録証が発行されたことの是非、つまり、認証制度や登録証の信頼性について考察したい。ここに、T社は優れた品質実績で顧客の信頼を確立し成長してきた組織であり、規格適合の品質マネジメントシステムの手順が確立し効果的に実行され、組織全体に体系的業務実行が定着していると仮定する。
 
  初めに、規格の論理であるが、1件の品質不良や苦情をも出さないということを狙うものではない。規格の品質マネジメントでは、組織や製品の信頼を揺るがすような品質不良の絶無を図ることが基本であり、発生した苦情には顧客本位で対応する。また、規格は、業務には要員の過誤や技術的不確実さ、予期できない事項が付き物であり、すべての業務が完璧に定められた通りに実行されることを前提としていない。規格では業務手順は、ひとつの詳細手順不履行だけで、品質事故が発生するというようなものであってはならない。
 
  次に、認証審査の論理であるが、審査では抜取検査の消費者危険に相当する不適合の見落としの危険が付随し、すべての不適合を検出することはできない。また、審査員には純技術的或いは専門的な適合性を判断する能力はない。規格の論理では、偶発的、単発的な不適合があっても個々の品質不具合や苦情に結びつくことはあるが、組織を揺るがす品質事故は発生しない。審査員は、問題のありそうな部門や業務を重点的に抜取り調査し、検出した不適合の状況を品質事故発生の可能性の観点から評価して登録証発行の可否を判断する。
 
  さて、規格では効果的な手順の確立とその効果的な実行とが品質保証活動の両輪である。品質事故のどちらも設計品質の問題であり、2件の原因が定められた手順のどこかの効果的実行に齟齬があったとすると、とりわけ規格の設計開発の検証、妥当性確認に関係し、設計開発結果を良しとして承認する手順の実行に関して問題があった可能性が高い。この手順不履行が、試験のやり方や試験値の記載の誤りなど単発的であれば、審査は見逃した可能性がある。試験法や基準の適用の技術上の誤りがあったとしても審査が検出できた可能性はまずない。しかし、この手順不履行の見落としだけでは、品質事故には繋がらないはずである。2件に関連する設計開発チームの業務に開発期間や予算上の制約などの特殊事情があり、試験の部分省略や判断の甘さなど種々の手順不履行を生んでいたことも考えられる。もし審査員がこの特殊事情を斟酌して審査対象に選べば重要な手順不履行を検出できたであろう。しかし多数の設計開発業務があれば2件が抜取り審査対象から漏れることはあり得る。
 
  一方、T社の近年の急速な事業拡大による人材不足、或いは、成功体験からの慢心を背景とすることを指摘する報道が少なくなく、経営の慢心と弛緩を非難する報道もある。これは、人手不足や気持ちの弛みによって、組織ぐるみで、又は、特定業務を中心に偶発的ではない手順不履行があることを指す。認証審査では、承認手続きのない文書、検討会の実行省略や参加者不足の見逃しなどとして検出できる。また、マネジメントレビューでの検討事項の抜けや形式的結論、トップマネジメントへの苦情報告の抜けなどの手順不履行が見つかるかもしれない。審査員は検出した不適合から、この2件と限らず品質事故の発生の可能性を予見しなければならなかった。
 
  更に、報道は事故の深刻さの懸念より、T社の対応の遅さの批判の方が色濃い。同社も当初は、通常のあり得る品質不具合と見做してきたようであり、結果的に市場の信頼を揺るがす品質事故になった感もある。規格適合の苦情対応手順が効果的に実行されなかったと言える。上記のトップマネジメントの意識と行動の弛緩が事実なら、審査はこの事態を予見できたが、T社たたきの風潮を読みきれないで事態が進行したとすれば、登録証の保証範囲を越えたものである。
 
  2件の問題がT社の品質マネジメントの想定内の通常の品質不具合と捉えるなら、登録証の信頼性を毀損する問題ではない。品質事故と扱われ政治問題にまで発展したことには認証審査の責任はない。あってはならない品質事故、不祥事と捉え、組織や特定部門全体の手順不履行の状況が背景とするなら、審査はこれを検出し登録証の維持、更新を控えるべきであった。2件に限った特殊事情による手順不履行が原因なら、認証機関はこれを見落とした反省を公けにしなければならない。しかし、業務が膨大で広範囲にわたり管理要素も多く高度であるT社にとって、効果的な業務実行の量、質の両面での微々たる綻びでもこの2件のような品質事故が起き、しかも2件と言っても同社の存亡に係わる事態ではない。この綻びを認証審査が効果的に検出することはほとんど不可能であろう。認証制度と登録証の信頼性の確保のためには、その審査能力に余る巨大先進組織に登録証を発行してはならない。元々、規格と認証制度はT社のような世界的巨大先進組織を対象に生み出されたものではないのである。
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82. 迷走を続ける有効性審査論議 (4) 監査の論理を無視した議論が原因  
  有効性審査とは何かという2年半の議論は、前報までにまとめたように、なるほど従来の適合性審査では不十分で、有効性審査によって審査はこのように変わり、認証制度はこのように良くなるのだということがわかるところには到底たどりついていない。しかし業界では、昨年8月の経産省ガイドライン対応委員会報告で結論が出されたと考えられているようだ。議論がこのように混迷し続けること、それでも有効性審査が何かが明確になったと当事者達が誤解するのは、論理不在の、とりわけ、監査の論理を忘れたどんぶり勘定の議論であることが原因である。
 
  登録証を発行するために認証機関が行なう調査活動は日本では適合性審査と呼ばれるが、これは一般の監査の論理と手法に基づく監査活動である。有効性審査の議論が真に効果的で、審査員など関係者の期待に応える明確な結論を出すためには、議論はこの監査の論理に則った体系的なものでなければならない。すなわち、監査は、監査の目的のために監査対象事項に関して監査人がその意見を表明する活動であるが、その意見が監査の結論であり、この監査の結論を導くことが監査の目標である。この結論を導くために監査で立証すべき命題は監査要点と呼ばれ、監査人は監査で収集した客観的証拠を所定の基準に照らして判断し、監査要点が満たされているかどうかを確認する。それぞれの監査要点が満たされた程度を総合して監査の結論が導かれる。監査基準と判断基準は監査要点の立証のために適当で十分なものでなければならず、監査要点が満たされている程度と監査の結論との間には科学的で合理的な繋がりが確立していなければならない。
 
  JAB提唱の有効性審査が適合性審査とどのように異なり、或いは、どのような審査であるのかを議論するなら、議論は有効性審査という監査の目的、審査の目標ないし審査の結論、監査要点、監査基準、判断基準のそれぞれを、適合性審査と場合と対比して明確にすることでなければならない。また、明確にした有効性審査が従来の適合性審査では不十分であったとされる事項をこのように解決できるということを説明しなければならない。しかしながら、この2年半の間の有効性論議でこのような監査の論理が意識された形跡はない。議論に関して明確なことは、議論が専らISO/IEC17021の序文a),b),c)の条文に依拠していることであり、議論が導いた見解が、有効性審査がマネジメントシステムの有効性を審査することだということ、及び、有効性審査では○○を評価する、有効性審査とは○○を見ることだという種類の見解が中心であるあることである。監査の論理に当てはめると前者の見解は監査の結論に関係し、後者の見解は監査要点に関係すると考えられるから、議論がこの2項目に限られていることになる。しかもこの2項目に関してもそれぞれについて適合性審査と有効性審査ではこのように違うというような見解は示されてない。また、どの議論の見解も他の報告や発表の見解との違いを検討し、だから自身の見解の方が正当なのだという説明もない。ただ、こうだと言うだけの見解の表明の結論ばかりである。
 
  認証業界の製品は組織がとんでもない品質不良や環境事故を出す可能性はないという保証であり、製品実現の活動が審査である。認証業界の製品は論理、思考、判断に基づく製品実現の活動の論理的帰結であり、目に見えたり、感じたりできる実体はない。しかし、製品が不良かどうかは組織の品質不良/環境事故の発生の有無という事実によって誰の目にも明らかになる。認証業界は科学的な論理と思考によって生きているのであり、何事につけ大切にしなければならないのは論理と思考であるはずである。この認証業界がどんぶり勘定の議論を続けるだけでなく、その議論で有効性審査が明確になったとする論理性のない安易な思考にはあきれる他はない。
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81. ISO50001で『要求事項』は『要件』に変わるか?
             −社会に役立つための条件
 
   新しいISO規格、ISO50001(エネルギー マネジメントシステム)の作成作業が委員会原案(CD)の段階となり、昨年8月には (財)エネルギー総合工学研究所が主催するシンポジウムが開かれ、雑誌アイソスも11月号に特集記事を掲載するなど関心が高まっている。

  この雑誌記事の引用する同規格の条文の中の用語『この規格の要件』が注目される。この『規格の要件』は原文が“requirements of the Standard”であり、既存のJIS マネジメント システム規格では『規格の要求事項』と和訳されている。既存JIS規格では『要件』を意味する“requirement”はすべて『要求事項』と和訳されており、これにより規格の条文が『規格の要求』を表すものという解釈が日本では幅を利かせている。これが、日本のISOマネジメント システム 規格取り組みを様々に歪ませ、様々の問題の直接、間接の原因となっている。ISO 50001がその狙いの通りに組織で使用され、認証制度が活用され、省エネルギーという時代の要請に応えられるものとなるためには、“requirement”が『要件』と和訳されることが不可欠である。
 
  例えば、この雑誌記事はISO9001の専門家がISO50001を論評するものであるが、仮訳和文ISO50001の該当する条文をJISQ9001の条文「品質マネジメントシステムの有効性を継続的に改善しなければならない」と対比させ、ISO50001はISO9001のように「継続的改善そのものを明確には『要求』していません」と断じている。しかし、ISO50001の目的は「組織がエネルギー効率やエネルギー強度を含むエネルギーパフォーマンスを改善するのに必要なシステムやプロセスを確立すること」であり、「コスト、温室効果ガスの排出量、及び、それ以外の環境への負荷の低減を誘導するもの」であると序文に明記されている。それでも、この専門家は規格はエネルギー効率の継続的改善を『要求』していないと断じて憚らない。自分が規格であると言わんばかりだが、『要求』だからこんなことが通用する。
 
  さて、ISO50001の仮訳和文と英文を比較すると、規格には58種類の表現の“requirement”が記述されており、その内の20種類の表現の“requirement”が『要件』、31種類が『要求事項』、7種類が『要求』と和訳さていることがわかる。『要件』と『要求事項』との使い分けは一定の決まりによるのでなく、仮訳和文の複数の翻訳者の和訳姿勢によるようだ。『要件』を採用した翻訳者は、多くを『測定要件』『法的要件』などと原文に忠実な『要件』と和訳する一方で、標題は『一般要求事項』などと和訳して既存のマネジメントシステム規格の用語との整合を図る工夫をしている。他の翻訳者はすべてを『要求事項』と和訳している。
 
  このようにISO50001規格作成関係者の総意にまではなってない『要件』が、今年末に発行される正式規格のJIS和訳版で生き残ることは容易ではない。今後の規格作成作業が既存の認証業界との関係を深め、用語と解釈の点でも調整が行なわれるであろうが、既存業界関係者には『要件』を認める訳にはいかない事情があるからである。例えばISO9001では、製造業で一連の工程が進む毎に誰が次工程送りを許可したかの記録をとり、保管することが『規格の要求』であった。『要件』であれば、組織の品質保証専門家は「そんなことは製品の品質保証や顧客満足の実現に『必要』がありません」と抗弁することができたが、『要求』だと思うから訳を考えずに意味のない仕事を8年間もやってきた。 ISO50001でも審査員の的外れの指摘に対して組織のエネルギー専門家は「それは省エネルギーの実行や実現に『必要』ありません」と反論できる。こんなことになったら認証業界の秩序が成り立たない。これは、とりわけ権威者には悪夢である。
 
  エネルギー使用量の削減もエネルギー マネジメントシステムの継続的改善も『規格の要求』ではないという解釈では、省ネエルギー実行の振りをするだけの認証取得組織が増えて、認証制度が社会からそっぽを向かれることになる。これは既存マネジメントシステム規格と認証制度が歩んできた道である。ISO50001作成関係者が仮訳和文で見出した『要件』という正しい規格解釈を、正式のJIS規格でどう取り扱うかは、この国際規格の作成を自らの専門性たる省エネルギー技術の実践の機会と考えているのか、或いは、やっと手にした産業界に権威者として君臨できる機会と考えているのかを結果的に炙り出すことになる。科学者の良心を見てみたい。
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80. 迷走を続ける有効性審査論議 (3) 有効性審査の監査基準、判断基準は何か  
   審査又は監査は、監査証拠を監査基準に照らして客観的に評価して、満たされている程度を判定する活動*8である。規格の規定は要求事項と呼ばれるが、効果的なマネジメント システムとしての要件を表している。適合性審査ではこの規格の規定のひとつひとつが監査基準であり、組織の業務とその実行が規格の規定のひとつひとつを満たしているかどうかを判断する。すなわち、適合かどうかの二者択一が判断基準である。それでは有効性審査では、有効性を判断するための監査基準は何か、有効かどうかの判断基準は何か、この第3報では有効性審査では「マネジメントシステムの有効性」を判断するために具体的に何を調査し、評価し、判断するのか、或いは、監査基準は何で判断基準は何かに関連した、発表、報告におけるそれぞれの見解をまとめた。
 
@ システムのパフォーマンスが向上しているかどうかで判断する
A アウトプットを考慮しながら仕組みを見る
B パフォーマンスが向上しているかどうかで判断する
C 規格適合性、方針・目標達成能力、製品の適合性の3つの事項を評価する
D “結果”又は“実施された程度(パフォーマンス)”が目標又は結果を生み出しているかどうかを評価する
E 規格適合性、方針・目標の一貫した達成、所期の結果の実現の3つの視点で審査する
 
  以上のように、いずれの議論も、有効性審査とは○○を評価する、判断する、審査することだというだけで、監査基準や判断基準については議論した形跡さえない。○○を評価することだというのも、ISO/IEC17021の序文a),b),c)の文面をそれぞれに言い変えただけであり、@以上の内容はない。有効性審査を実際に行なうということに関しては何の実質的な議論も行なわれてこなかったようである。
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79. 迷走を続ける有効性審査論議 (2) 何の有効性を審査するのか
   何の有効性を審査するのかは有効性審査議論の前提である。この2年半の有効性審査論議を追って、有効性審査で評価する有効性が何の有効性であるかに関する見解をまとめた。
 
@ マネジメントシステムの有効性
  有効性審査を持ち出したH19.4月のJAB見解は、それまでの審査は「規格要求事項への適合、不適合の確認」であったとし、それでは不十分であって「MSがシステムとして有効に機能している」かどうかを判断する「MSの有効性の審査」が必要であるとしている。これが「有効性審査」の出発点である。この根拠に同見解は、ISO/IEC17021規格*6の序文のマネジメントシステムの認証の意義に関する記述を引用している。このc) 項「有効に実施されている」が「有効性」という言葉に繋がったのであろうが、JAB見解はこのb),c)項を繋ぎあわせて有効性審査を定義している。JAB見解では有効性審査で判断するのはマネジメントシステムの有効性であり、それは「明示した方針、目標に向けてMSが有効に実施され、一貫して達成できる」「マネジメントシステムが有効に機能している」ことである。
 
A 規格の有効性
  翌年7月の経産省の信頼性回復ガイドラインでは、有効性審査の徹底が必要とし、それを「規格適合性だけでなく、規格がシステムとして有効に機能しているかどうか」を判断する審査であると明記している。この記述を文字通りに受け取れば、ガイドラインの有効性審査の有効性とは規格の有効性である。ただし、ガイドラインの有効性審査は@のJAB見解の丸写しであるから、この表現は単に筆が滑った結果であると考えられる。
 
B マネジメントシステムの有効性
  11月のJACBの有効性審査検討の報告書は、適合性審査は「マネジメントシステムの目的に適切な有効性を含めるものである」と独立した有効性審査を否定している。それでも、@の規格序文a),b),c)項が「マネジメントシステムの有効性について有効に適合性審査を実施するための中心的な原則を記述する」ものであると、マネジメントシステムの有効性を審査する必要を認めている。
 
C 作られたQMSに誤りがない
  今年の3月のテーマ「審査を変える」のJAB討論会では、これまでの審査は「差異(不適合)を指摘する審査」であり、有効性審査とは「作られたQMSに誤りがあることを指摘する」審査であるとの記述もあるが、「本来規格適合性を見ることはQMSの有効性をも見るはず」とBと似た考えの記述もある。後者の記述では、マネジメントシステムの有効性を見る審査が必要であると言っている。
 
D マネジメントシステムの有効性
  今年8月の経産省ガイドライン対応委員会報告では有効性審査の定義に@のJAB見解の文面をそのまま踏襲している。従って、有効性審査で審査する有効性はマネジメントシステムの有効性を指していると理解される。
 
  上記のまとめで判断する限り、有効性審査を否定する見解を含みどの見解もマネジメントシステムの有効性を審査することが必要であるとしている点で一致していると理解される。ただし、底の浅い有効性審査議論の中での一致した見解であるようにも思える。
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78. 迷走を続ける有効性審査論議 (1) 有効性審査は適合性審査とどう違うのか
   認証機関や審査員の目下の気懸かりは、業界の有効性審査論議の行方である。有効性審査とは相次ぐ認証組織の不祥事で揺らぐ社会の認証制度への信頼を回復するためとして、H19年4月に発表されたJAB見解「マネジメントシステムに係わる認証審査のあり方」の中で取り上げられたのが発端である。それから2年半、様々な有効性審査論議があり見解が発表されているが、最も大切な点、すなわち、有効性審査のこれまでの審査との違い、とりわけ、どのような審査の手法、審査の判断、審査の結論が有効性審査であるのかについては、議論は迷走を続けている。この間の有効性審査論議を追って、その迷走ぶりを明らかにし、最後に、迷走が続き、今後も結論に至ることのないことが予想される背景を指摘したい。
 
  最初に、有効性審査とは何か、従来の審査と何が違うのかについての、この2年半に発表された見解を順を追ってまとめてみる。認証制度の根幹は適合性評価であり、JABも「……が、特定の要求事項に適合していること、つまり“適合性”を第三者が保証する」手続きであると説明し、この説明は今日も変えていない。しかし、有効性審査とは何かとの議論の発端となったJAB見解では、組織のマネジメントシステムが本来業務と異なる仕組みとして構築、運用されてきたのを認証審査が見逃し助長してきたことが問題であるとし、ISO/IEC17021序文を引用して、審査は「規格要求事項への適合、不適合の確認だけでは不十分」であり、「マネジメントシステムの有効性を審査すること」が必要であると論じている。以下は各議論で変転する結論である。
 
@ 適合性審査は不十分、有効性審査が必要 (H19.4 : JAB発表)
A 有効性審査を黙殺 (H20.3: JAB討論会)
B 適合性審査だけでなく有効性審査が必要 (H20.7: 経産省ガイドライン)
C 有効性審査は適合性審査の一部 (H20.11: JACB報告書)
D 有効性審査の方が適合性審査より優れている (H21.3: JRCA機関誌)
E 有効性審査と逐次審査と合わせたのが適合性審査 (H21.3: JAB討論会)
F 適合性審査は有効性の審査でもあるが、有効性審査が必要 (H21.8: ガイドライン対応報告書)
 
  最新のFでは「有効性審査と適合性審査は切り離して扱われるものではない。規格要求事項に適合しているということは有効に機能していることでもある」となり、2年半前のJAB見解を否定し、適合性評価の原則に戻ったように見える。然るに報告書はこれに続けて、「従って、マネジメントシステムの適合性の評価では、マネジメントシステムの有効性を確認しなければならない」と結論づけている。 これが適合性だけでなく有効性も評価しなければならないという意味なら、最初のJAB見解への回帰である。11月のJRCA講演会ではこれと同じ結論が、長々とした前置きの後に説明されたが、JABの意向に従順な人々さえ説明に釈然とせず結論には疑問を抱く向きが多かったように思える。 最後のFも過去の異なる見解との関係を検討することなく、自説を述べているだけであるから、これが業界の結論ということにはならない。有効性審査が必要とは言うが、従来の審査と何が違うのかについては相変わらず霧に包まれたままである。
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77縮みゆくISO9001/14001認証バブル    [ISO業界よもやま話]
   日本では頭打ち傾向が続いていたISO14001の登録件数が6〜9月期で2期連続の減少となり、どうやらこの1〜3月期をピークに減少に転じたらしい。ISO9001の登録件数は既に2006年の10〜12月期をピークに減少を続けている。 JAB認定を受けていない認証機関の登録件数は、両規格共になお増加し続けているが、両者を合わせた総登録件数で見ても、前回調査の07年6月末の時点より両規格とも減少している。 ISO9001は英国では04年末がピークで、07年末で既にピーク時の70%にまで減少している。このピーク時の登録件数が50,884件にものぼったのが、サッチャー政権の政策の単純な延長としての意味のない多数の登録の結果であるとするなら、登録件数の激減はこのバブルの崩壊と見做すことができる。
 
  日本のISO9001登録件数の消長は建設業界の登録の急増と急減の影響を強く受けている。 入札での優遇処置という幻の登録利益に踊らされた結果のピーク時の15,000件もの登録件数は、入札優遇幻想バブルの崩壊で今日までにJAB統計の減少総件数に匹敵する3,600件も縮んでいる。 ISO9001認証制度の狙いは日本の品質競争力だったのに日本が先進国ダントツの登録件数であるのは、欧州輸出に必要という恐怖幻想に踊らされたバブルの要素が濃厚である。 ISO14001の登録件数も日本では世界的に異常な多さである。 地球環境に微々たる影響しか持たない多くの組織が、今日では改善が種切れになり登録維持に四苦八苦しているが、これもエコ自称バブルである。登録の価値のないことに気づいた地方自治体が続々と登録を返上しているが、こちらの税金無駄遣いバブルは急速に消滅に向かうだろう。
 
  審査員の登録制度では、審査員登録者がISO9001はピーク時の86%に、ISO14001は76%にまでそれぞれ落ち込んでいる。この登録者でもなお、審査業務に従事している者は1/3程度であり、一般企業の社員やコンサルタントなど資格をもつ意味のない者が登録者の過半数である。現役社員以外の多くは00年前後に現役定年と共に参入してきた人々であるから、今後は需要の減少と高齢化で引退し資格を放棄する人が増える。また、企業が社員の資格維持に必要な費用の無駄に気づいて資格更新をとりやめることが益々増すことも間違いない。
 
  研修や出版物が、苦戦していることは間違いない。ウェブサイトの閲覧も激減している。著者の分析では、ISOはどんなものかとの関心やコンサルタント探しのためのウェブサイト検索は激減し、規格解釈や審査での指摘への疑問に関する情報を求めるサイト検索はそんなに減っていない。研修や出版物もウェブサイトも組織の初めての登録取得に付随する知識需要というバブルに依存してきた訳であり、登録が行き渡った今日で本当に規格を勉強しようとする少数の人々を相手にするしかなくなった。
 
  日本のISO9001/14001認証関連業界のこれまでの盛況は多分に バブル のなせるところであった。登録件数の頭打ちや減少傾向を不祥事頻発による認証制度の信頼低下を原因と懸念する声もあるが、そうではなさそうである。認証関連業界は、登録証で受ける利益に見合って組織が支払う費用によって成り立つ事業として生き残りを追求しなければならない時代に入りつつある。認証産業はどこに行くのだろうか。
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76. 発展の芽を自ら摘み取る認証業界
   ISO9001/14001認証業界の焦眉の課題は登録証への社会からの信頼性の回復である。近年の登録証への社会からの信頼性の低下は、登録取得組織が相次いで引き起こす品質又は環境の事故や不祥事が原因である。これに関して9月、JAB(日本適合性認定協会)は2つの文書をそのウェブサイトに発表した。ひとつは、「MS信頼性ガイドライン対応委員会」報告書で、「有効性審査」のあり方がまとめられている。他のひとつはISO9001/14001の認証の意義に関するIAFとISOの共同声明をJABが和訳したものであり、内容はISO9001/14001規格と認証制度の意義の再確認である。この趣旨では、規格適合の登録証は、組織がこの顧客や社会のニーズや期待を裏切らない、顧客や社会をがっかりさせるような不祥事は出さないという保証である。
 
  しかしJABは、不祥事を起こした組織に再発防止対策をとらせることが認証制度の目的であるとして、不祥事を引き起こすような組織にも登録証が発行されることに対する認証制度の責任を一貫して否定してきた。 9月の2つの文書の発表は、JABのこの主張を社会に改めて確認することを狙いとしたものであることが窺える。IAF/ISO共同声明の和訳発表は、その苦情や事故が皆無でないとの記述を強調することを意図したものであり、JABの予てからの主張が国際的に認められたとして鬼の首を獲ったかの、これみよがしの発表である。「有効性審査」の報告も抽象的で空虚な、辻褄の合わない論理が展開されるばかりで肝心の不祥事との関係への言及を避けている。
 
  ISO9001流に言うと認証業界の製品は規格適合性の判断を表明する登録証である。登録証への社会からの信頼性の低下の実相は、製品たる登録証の品質に顧客が不満足だということである。認証業界の製品は目下売行き不振であり、普通なら低迷する需要を回復するために顧客のニーズや期待を満たすように製品を改善する。しかるに実際は、製品が顧客のニーズや期待に応えるものでないという事実を顧客に納得させようと懸命である。顧客満足が得られなくとも認証業界の製品は売れると考えているのであろう。なにしろISO9001/14001の認証制度は社会制度であり、悪徳組織を取り締まる認証機関は警察と同様に存在意義を失うことはない。
このページの先頭へ 詳しくは<sub62-01-76.html>

752008年版で明らかになったJIS版独自註釈の間違いのとんだ後始末 
   ISO9001/14001認証業界は権威主義の砦である。この頂点に君臨するのは各規格の作成作業に日本を代表して参加する国内委員会であり、その権威は絶大である。規格の解釈や英文和訳の明らかな誤りを訂正する場合も、密やかに、又は、もっともらしい理屈をつける。権威者の辞書には謝罪や釈明の文字はない。この典型的な事例が、2008年版改訂と同時にひっそりと行なわれた和訳条文の変更と説明の中に見られる。
 
  そのひとつが、3つの条項で「リリース」の説明のため条文中に付されていた4件のJIS独自の註釈が削除されたことである。8.2.4項の『製品のリリース』に付されていた「次工程への引渡し又は出荷」というJIS独自の註釈が削除されたことの理由について国内委員会メンバーらは、2008年版の原文が『製品のリリース』から『顧客への引渡しのための製品のリリース』と変更され、『リリース』の対象が『顧客への引渡しのためのリリース』であることが「明確化した」ためと説明している。誤解され易い表現を修正することが2008年版改定の趣旨である。
 
  説明は2000年版条文の表現では明確でなかったのでJIS独自註釈のような解釈をしたと言っているように見えるから、改定の趣旨に沿うものである。実際、2008年版も2000年版と条文の意味には変わりはないから、2000年版の『製品のリリース』も『顧客への引渡しのためのリリース』であったということであるから、JISがこれを「次工程への引渡し又は出荷」と誤解して独自註釈を付けていたのである。しかし、同委員達の説明ではなお「製品のリリースの意味に中間のプロセスでの引渡しがあることを否定するものではない」とし、記述変更は「必要最低限の要求をしようとした結果」であるとしている。つまり、解釈の誤りではなかった、要求事項が変わったと言っているのだが、この説明は要求事項の変更がないという2008年改定趣旨と明らかに反する。他の3件の「リリース」の独自註釈削除については理由の説明すらない。
 
  専門知識と見識の持ち主であるが故に権威者と目される人々であるから、このような説明は本音ではあるまい。ただ、権威者には非はないのであり、どんな説明をしても受け入れられるのである。2000年版のJIS独自註釈の結果、認証審査では次工程送りに許可手続きとその記録が要求され、組織に無意味で不必要な業務をやらせたとの想いは全くないようである。批判や責任追求と無縁な環境に居て自然に身についた物事を安易に考える習慣が、「リリース」に関する2000年版JIS独自註釈のような幼稚な誤りの原因であろうし、2008年版についてもおかしな解釈が得々と披瀝されることの背景であろう。しかし、思えば麻生首相は気の毒である。権威に絶対服従の閣僚や党役員に取り囲まれ、やさしくて従順な支持者と、何をしても無批判の選挙民を相手にし、片棒をかつぐ マスコミ が付いておれば、追い込まれ解散で必敗の総選挙に臨まなくてよかっただろうに。
このページの先頭へ 詳しくは<sub62-01-75>(H21.7.21; 改11.27,修11.29)

74. ISO14001登録大国の京都議定書未達の不思議  
   日本のISO14001認証登録件数は2007年に中国に追い越されるまでは、2位以下の欧米諸国をはるかに引き離して世界一であり、今年3月末現在でも約23,500件と、依然ISO14001認証大国である。今日、市場にはエコと銘打った製品が溢れ、エコビジネスが花盛りであるが、この状況がISO14001認証と関係するのなら、なるほどISO14001認証大国だけはあるといえる。
 
  ISO14001規格の誕生は1992年の地球サミットを契機とし、産業界の地球環境保全取組みの道しるべとして作成された。ISO14001を採用することを決めた組織は、組織に起因する環境影響を地球環境保全の観点から捉え、耐え得る経済的負担の範囲内で社会の必要を満たす環境影響低減の努力をしなければならない。この努力をしていることの証明がISO14001登録証である。今日の情勢では組織の地球環境保全の努力は、温暖化ガス排出削減に優先的に向けられなければならない。様々なエコ製品やエコビジネスの繁栄は、最終的には温暖化ガス排出削減につながるとの顧客や社会の期待が背景にある。人々がISO14001認証取得組織の製品を購入するのは、自身の温暖化ガス排出削減責任を果たすことに繋がると考えるからである。
 
  しかし、日本ではISO14001の規定する環境マネジメントシステムは現場中心の環境影響改善運動であると見做され、それも、環境改善に名を借りて自身の些細な利益を追求する運動に留まっていることが少なくない。日本のISO14001取組みには、組織の地球環境保全責任という視点、或いは、収益と両立しない経営上の環境取組みという視点などISO14001の原点が一貫して欠落している。そして、認証業界がこのようなISO14001取組みを是とし、推奨し、このような組織に登録証を発行している。
 
  麻生首相は6月10日、中期温暖化ガス排出削減目標を2005年比で15%とすると発表したことにより、京都議定書の1990年比6%削減という目標を達成できないということを公式に認めた。これで、登録件数が多いだけで中味のないISO14001取組みとまやかしの登録証の実態がはしなくも炙り出されることとなった。 汚染たれ流しの公害大国中国がISO14001認証件数で世界一になったことに対する日本の関係者の大方の反応は、その登録証の価値への軽蔑と冷笑であった、しかし、日本の登録証もISO14001の趣旨と認証制度への社会の期待に適ったものかどうかという点では、中国の登録証とあまり変わりはない。目くそが鼻くそを笑っているだけだ。
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73. えっ! もう2008年版の改訂を開始? −暴走するTC176
   東京で2/20-28に開かれたTC176の年次総会では、早くもISO9001規格の次の改訂の中味をどうするかの最初の検討が行なわれ、最早で2015年という次期改訂版発行の見通しまでが合意されたようだ。 しかも、規格協会のウェブサイトに掲載されている国内委員会による報告では、改訂作業をこの総会で開始することは、2008年版がまだ発行も決定さえもしていない昨年5月のセルビアでの年次総会で決議されていたとのことである。 2000年版の改訂要否の議論が始まったのは2000年版発行から2年10ケ月後であり、それでも2000年版への認証移行期間を残した時期に改訂議論を始めることにかなりの異論があることが報じられていた。 今度は改訂版発行の前に、その改訂の検討に着手することを決めたというのだから、異常ともいえる状況である。
 
  要求事項を変更しないという2008年版改訂の性格上、改訂作業中に寄せられた多数の意見が積み残されたままになっているというのが次期改訂作業開始の理由だそうだ。 セルビア総会ではこの集約作業をSC2/WG18/TG1.19が行い、「改訂作業見直し報告書」を東京総会に提出することが決められた。 国内委員会報告によると東京総会ではこれを参考に、改訂の「キーエリア及びキーコンセプトをブレンストーミングで抽出」した。しかしこの結果は、次回改訂で「対応すべき事項や直接的なインプットとなるもの」ではなく、今後も「アイデア、コンセプト」を継続して検討し、改訂に関する「ユーザーニーズ調査」「妥当性評価」を行ない、3年間で「改正に関する推奨レポート」を作成するのだそうだ。
 
  同報告では東京総会には44ケ国18機関の218名が参加した。 これだけの人々による「ブレンストーミング」でも、これとこれを改訂するというような意見はまとまらなかったという経過を見る限り、TC176が2008年版のどこかに問題があると具体的に認識している様子はない。 どういう理由でどのような改訂を行なうことができるのか、改訂の口実を必死に探しているようにしか見えない。
 
  また同報告では、TC176はISO9001と平行して行なわれてきたISO9004の改訂の他にも、ISO9000(品質マネジメントシステム−基本及び用語)やISO19011(品質及び/又は環境マネジメント システム監査のための指針)の改訂作業も進めている。後二者の規格は、定義や原理、基本手順の指針を規定する規格であり、よほどの時代の変化がない限り改訂の必要が生じない性格の規格である。しかも、ISO9000は前身のISO8402から2000年、2005年と既に2回改訂され、ISO19011は前身のISO10011/14010から2002年に変更されたばかりである。同報告には改訂の必要理由がそれぞれに記されているが、改訂ありきの理由づけにしか思えない。この改訂によって、認証取得組織は規格書を購入させられ、認証機関からは組織には何の役にもたたない手順やマニュアル記述変更の要求を受けることになる。
 
  先進国では既にISO9001の認証は頭打ちであり、日本でも社会からの信頼低下著しく、認証制度への関心がすっかり冷え込み、JAB傘下のISO9001認証登録件数の減少が止まるところを知らない。 しかし同報告によると、東京総会ではこの議論は全くない。 TC176が認証制度の実状や認証取得組織の利益に無頓着に改訂作業を露骨に進めるのは、目先の利益しか頭にない認証業界の利益代表者によって規格作成機関TC176の大勢が占められているからであろう。しかし、このTC176の思惑でも、日本で次に改訂狂想曲が奏でられるのは早くて6年後である。 この時にはどれだけの演奏者が残っており、どれだけの組織が踊るのであろうか。
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72. 改訂することが目的化した改訂作業 −商品化
   2008年版規格の「まえがき」には、改訂は2000年版の規格条文の要点を明瞭化することと、ISO14001規格との両立性を高めるために行なわれたと記述されている。そして巻末の付属書Bの整理によると、条文の変更は94件に上る。 しかし、筆者の分析では、とるに足らない言葉づかいや文章の変更ばかりであり、規格解釈に影響を及ぼす条文修正は辛うじて5件を数えるのみである。 しかも、この内の3件は規格の価値を毀損しかねない改悪である。 2008年改訂は全体として品質保証のあり方を示す規格として全く意味のない、また、規格使用者に何の利益ももたらさないという点で不必要な改訂であったと断定できる。米国のISO規格討論サイト*1では、大勢の関係者による数えきれない会合と、その結果の温暖化ガスの大量排出や新規格移行のための大量の紙の使用は何のためだったかという批判や、世界で何百万冊もの規格が売れるという経済効果が改訂の意義だと皮肉る意見も見られるが、同感である。
 
  2008年版改訂は基本的にはISO/IEC規則*2に則ったものである。同規則は、時の経過による規格の価値の変化を検討するためにどの規格にも5年毎に「体系的再評価」を行なう必要を定めている。これにより、規格をそのまま継続させるか、改訂又は修正するか、或いは、他の種類の文書に格下げするか、又は、廃止するかを判断することが決まりである。「体系的再評価」によって、規格の必要性は変わらないが時代が変化したため内容が合わなくなっていると判断される場合には、改訂や修正が必要という結論になる。 ところが2000年版は、世界の成功企業の体験に学んで体系化された論理に基づいて、効果的な品質保証のあり方を経営管理活動の必要条件として、全産業に適用可能な表現で表したものである。これを改訂、修正するには、世界が品質保証に関する新しい体験をし、或いは、市場の品質保証の概念が変わってきて、2000年版の論理や要求事項では組織が品質競争力をつけることができないという状況になりつつあるという事実が必要である。
 
  「体系的再評価」は、2000年版への移行がまだ完了していない2003年10月に開始され、翌年12月のTC176会議で結論が承認された。 改訂の必要性が見つからなかったのであろうと想像されるが、結論は条文の明瞭化とISO14001との両立性向上に限定した修正を行なうというものであった。「体系的再評価」の開始時期自体に慎重論があったことなど、報じられる議論の経過や、また、改訂目的から要求事項の変更を排除したこと、「改訂(revision)」ではなく「修正(JISでは追補; amendment)」と呼ぶことにしたことなど、この結論が多数の改訂推進派の圧力に規格の意義に忠実でそれ故に改訂に否定的な少数派が押された結果の妥協策であったことが推定される。この後の改訂作業開始後にも改訂の範囲の拡大を図る動きが出て、これが否定されるまでの経過によって改訂作業が停滞するまでの事態も生じたが、改訂はこれほどまでに強い改訂推進意欲を背景としていたのである。
 
  改訂作業が改訂推進派の主導で行なわれたことは、2008年版の変更点に関する改訂作業関係者による説明からも窺える。例えば、問題の記述変更である「是正、予防処置の有効性のレビュー」「監視及び測定の“equipment”」に関する米国の国内委員会(USTAG)の説明*3は、改訂ありきの大勢に屈した不本意さを糊塗せんとする屁理屈に近い言い訳然としたものである。「合否判定基準への適合の証拠は記録でなくともよいとの例が紹介された結果」で「記録であるという誤解」を除くために文章を変えたという日本の国内委員会の説明*4は、改訂作業が如何に浅薄な論議に基づいて行なわれたものであるかを物語る。また、この改訂説明の中には、議論になった改訂文案が「要求事項の変更になる、追加になる」という理由で否定されたということがしばしば出てくるが、これは「要求事項」を規格作成者の都合で決めることができるとする誤った規格理解が改訂作業を支配していたことの現れである。「要求事項」は品質保証に必要として実務で実証された必要条件であるから「要求事項」の変更になる条文の変更が必要であるなら、規格の価値を維持するためには改訂作業の狙いに合うかどうかによらず、変更を取り入れなければならない。それでなければ、規格は虚構の品質保証標準となる。
 
  スエーデン人のTC176委員であるJ.Anttila氏はそのブログ*5で、「規格理解と適用で人々が当面する問題の多くは、規格作成作業の合意主義という性格に起因する」と理由づけて改訂作業の実態を批判し、2008年改訂が自らの意に沿わない不適切な内容になったとの無念な想いを吐露している。氏によると改訂作業では、大きな声を出す人が多いが、往々にして頭脳を持ち合わせていない(烏合の衆に相当する英国の諺: Mob has many heads but no brain)ことが最大の問題であり、実際には取るに足らないことばかりが規格化され、多数の人々が関心を示す事項は採用されるが、議論が伯仲するような事項は規格に取り入れられない。 同氏が筆者の推定する規格の意義に忠実な少数派のひとりであり、この「大きな声を出す人」が改訂推進の多数派を指すものとすると、2008年版の変更がかくも無意味で不必要な内容となった理由がよくわかる。
 
  改訂ありきで始った改訂論議は、改訂を目的化した改訂作業に受け継がれ、94件もの変更が実現した。規格の価値や有用性を高めることに向けて改訂作業が行なわれた形跡がどこにも見出せないのは当然である。2008年版は、改訂による利益を期待する改訂推進多数派のあからさまな商業主義の産物である。商業主義による認証制度の信頼性低下を押しとどめる役割を今日まで果たしてきたのは、規格の有用性に関する真正さであった。2008年版の改訂では商業主義が規格の真正さをも歪ませてしまった。後年、2008年版が規格と認証制度の崩壊の端緒となったと評価されるかもしれない。
 
*1 S.Vianna: Elsmar Cove Forums, http://elsmar.com/Forums/showthread.php?t=30669
*2 ISO/IEC Directives, Supplement-Procedures specific to ISO, 2.9
*3 L.Hunt他:The Insider’s Guide to ISO9001:2008, Quality Digest, Nov. 2008,
*4 平林良人: ISO9001:2008追補改正版はこう議論されこのように決まった、アイソス,No.135(2009.2), P.12-
*5 J.Anttila: Quality Integration: blog, January 08,2009
このページの先頭へ H21.4.15

71要求事項変更ないのに 「移行」審査の厳しい手続き−勿体
   証機関がそれぞれ2008年版での最初の審査をしたという発表がウェブで目につく。要求事項が何も変わっていないが、2年後にはこの規格の2000年版そのものが無効になるから、登録証の標記はISO9001:2008でなければならなくなる。従って、組織の品質マニュアルに2000年版対応というような記述があってはまずいから、書き直して2008年版に対応するという体裁を整えなければならない。これが2000年版に適合の登録証を有する組織が行なうべき2008年版認証審査への対応である。 この程度の対応だから TC176は「移行」という言葉を使わないで改訂版の「使用開始」と呼ぶように言っている。
 
  しかし、審査機関はおしなべて「移行」という言葉を用い、2年以内のいつかの定期審査や更新審査を「移行審査」とするよう組織に求めている。これを特別審査と称して、定期又は更新審査+特別審査を行なうという認証機関もあり、また、組織の希望があればこの特別審査を単独で実施するとする認証機関もある。 特別審査でも移行審査でも既存の登録証は無効となり新たな2008版の登録証が発行される。 しかし、これによって得られる新登録証の有効期間はその時点から3年ではなく、旧登録証の残存有効期間を受け継ぐだけである。 それでも、新登録証の発行料金は徴収されるから、定期審査を移行審査とする組織には、余分な出費が必要となる。「移行」期間は2年だから、この間には定期審査しかない全体の1/3の組織がこのような不運を被る。
 
  多くの認証機関が組織が移行審査を受ける条件として、意図が明確になった2008年版で現状の品質マネジメントシステムを見直し、誤りがあれば修正することを要求している。 そして組織が、何らかの修正をした場合は、修正した部分に関して改めて内部監査とマネジメント レビュー を実施しなければならない。修正したならば更に、2008年版品質マネジメントシステムに対応する内部監査員の教育と資格の認定が要求され、その他の要員に対してもマニュアル変更教育の実施と記録が要求されるかもしれない。この内部監査員の新たな教育に研修機関主催の講座の受講を勧める認証機関もある。認証機関の改訂規格説明はほとんどがJABの認証機関への説明*1に基づいており、説明の中では「見直し、修正する機会になる」という表現で多くの品質マニュアルの書き換えや手順の修正の必要を暗示している。それに見直して誤りがなく、従って修正しなかった場合には、見直したという証拠が移行審査で確認される。これではよほど勇気のある組織しか、これまで適合と認められてきたのだから要求事項が同じ2008年版にも適合するとして、規格の版名以外は何も修正しないということにはならないだろう。
 
   そもそもISO9001規格という商品の価値は要求事項にある。その価値に何の変化もない改訂版を買わされて、それへのあれやこれやの対応を迫られるというのは受審組織にとって迷惑極まりないことである。 しかも、この時期の受審組織の大半は派遣切りに象徴される未曽有の苦境にある。認証機関が組織に要求する上記の「移行」手続きには、認証審査が如何にも厳格で重厚なものであるかの装いと、その下の監督機関JABへのおもねりと自身の利益追求が窺えるが、受審組織への慮りは微塵も感じられない。 すべての認証機関がこうではないのだろうが、これが大勢であるのは確実である。 カナダのある有力認証機関は、1/28の声明で今年は昨年の認証料金体系を維持すると発表した*2。実態はわからないが、声明では「この困難な時期に依頼者(client)が生産と収益を維持するのを助ける」ためと理由を説明している。日本の認証機関が社会制度の管理者だと胡座をかいても、受審組織の支払うお金で食べていくことができているのが現実である。 受審組織に要らぬ負担だけは少しといえども掛けてはならないという気持ちがあるなら、もう少し違った「移行」手続きとなって然るべきであろう。
 
*1 JAB研修会、認証機関にとってのISO9001:2008追補改正、2008.12.8
*2  新聞発表、CSA International、price freeze on services to help hard-hit manufacturing sector、2009.1.28
*3 ISO/TC176: Implementation guidance for ISO9001:2008, N836, October 2008
このページの先頭へ H21.3.9

70要求事項変更ないのに 改めて審査員能力の評価が必要 ? −機関益
   ISO9001の2008年版の発行に伴い、第三者認証を行なう審査員の資格を管理するJRCA(日本規格協会 マネジメントシステム審査員評価登録センター)は早速、現行の審査員の資格維持の新たな条件を追加した。ウェブサイトの発表には、「JIS Q 9001:2008改定に関しては、「新たな要求事項は無い」とのことですが、規格の正しい意図を改めて確認するとの観点から、審査員に対して、『JIS Q 9001:2008改定』に関する継続的専門能力開発(CPD)実績の記録(3時間以上)を求めることを決定いたしました」とある。 今後は登録証明書、登録カード共に、2008版を対象規格とする新たなものに変わるのだそうだ。つまり、現行審査員は2008年版に関する審査能力がないので、改めて習得させ、能力を再評価するとの言い分である。
 
  しかし、JRCA自身も認めるように2008年版には要求事項の変更や追加はない。2000年版で審査できると認められた審査員が2008年版で審査するのに何の問題もない。十分な規格理解をもつとして資格を保持する審査員には、何も変わらない規格から新たに学んだり習得するようなものは存在しない。規格の正しい意図を改めて確認する観点と言われて、要求事項の変わらない改訂版規格をどんなにひねくりまわしても、新しい知見は期待できない。審査員が正しい規格理解をしていると思うのはうぬぼれではない。それを理由にJRCAから審査員資格を認められているのである。 JRCAには、毎年高額の審査料を払い、関連事項の継続的能力開発の証拠まで提出し、厳しい能力評価を受けて審査員能力を認めてもらってきたのに、今更その能力の根幹の規格理解に問題があるかもしれないと言われては困る。誤解しているかもしれないから謙虚になれと言われては、正しい規格理解を元手に審査業務を正しく行なってきたという事実を自ら否定しろと言われているのと同じである。
 
  それでもJRCAは、2008年版の審査に必要な能力開発をしなければならないとし、しかも、その証拠のCPDを提出せよと言う。CPDとは、審査員が専門能力開発を行ったことの証拠を示す文書のことであり、JRCAに登録する審査員は毎年の資格維持又は更新の際に提出させられる。本当に適切に能力開発を行なったかどうかをJRCAが判定できるように、CPDで審査員は自身の弱みと強みを明らかにし、どの弱みを克服する目的でどのように勉強して何を習得したかを書かされる。この書き方がJRCAのお気に召さなければ書き直しを要求される。これが始まった2007年には50%もの審査員が書直し要求を受けた。条文の変更を逐一たどり、発表される諸解説と照らし合わせてその趣旨を考察し、変更の意味を自らのものとするのは、職業的専門家として当たり前のことであり、これは能力開発というようなものではない。普通の審査員がCPDを書くとすれば、「このような方法で規格の正しい意図を改めて確認しました。これまでの自身の理解には問題がなかったことがわかりました。」と言うことになる。 しかしこれでは、自分の弱みも何を習得したかも書かれていないからJRCAにはお気に召さないだろう。「変更条文の解説を読んだところ、これとこれについて規格の正しい意図を取り違えていたことがわかったので、こういう勉強でこのように誤解を正しました」なら、何らかの注文はつけられるもののCPDの書き方としては問題ないと思われる。しかし、これでは自身が欠陥審査員だったと告白しているのも同然であり、自身の審査員評価登録業務の不適切さを認めることになるJRCAもこのCPDを受け入れることはできないかもしれない。とは言ってもCPDを提出しないと資格維持ができない。どのようなCPDを書けばよいのか、ほとほと考え込まされる。
 
 この悩みを解く鍵が、このCPDの必要を告知するJRCAのウェブサイトの発表文の中にあった。 すなわち、その第6項として「JIS Q 9001:2008(ISO 9001:2008)対応の説明会・セミナー を希望される方は、JRCA承認研修機関、(財)日本規格協会等にて実施していますので各機関にお問い合わせください」が記載されている。 そしてCPDのための用紙の書式を調べると、何と通常のCPD書式と異なり、「専門能力開発の目的」に自身の弱み強みを書く必要はなく、「専門能力開発の方法」の欄には予め、「読書による自習(書籍名と著者名)、研修の受講(研修名と主催者名)、その他」と書かれていて、研修の受講という手があることがわかるようにしてある。 JRCAが承認する研修機関のセミナーを受ければ、何も変わらない規格から何かを習得したというCPDが書けるようなお話が聞けるということであろう。 JRCAのウェブサイトにはその傘下の研修機関が記載されており、それらの大多数は「JRCAのCPD対応」を掲げる2008年版解説セミナーを開催している。3〜5時間の講習で受講料はひとり15,000〜40,000円であるが、満席のため日程を追加するセミナーもあるなど盛況のようである。登録審査員12,000人の何割かの受講でも億に迫る売上になる。
 
  業界秩序の下層に置かれる審査員たる者はお上の言葉を真面目に考えてはいけない。このCPD要求によってJRCAには、理屈に合わないCPD提出の強制で審査員への支配権を強め、傘下の研修機関に事業機会をつくって与え、厳格な審査員統制を監督機関のJABにアピール するという効用がもたらされる。 職業人としての良心や誇りに一瞬目をつむり、聞いた通りにCPDを書けばJRCAにすんなり認められて資格維持ができるなら、受講料は易いのかも知れない。それにこのネタを元手に審査では見識をひけらかすことができる。
このページの先頭へ H21.1.11

69要求事項変更なくても 2008年版解説書は必要か ? −便乗
<2008年版解説書の発刊と謳文句>
  2008年版発行に関連して日本規格協会は2冊の解説書を発売している。1冊は「ISO9001新旧規格の対照と解説」であり、もう1冊は「ISO 9001:2008(JIS Q 9001:2008)要求事項の解説」である。いずれも品質マネジメントシステム規格国内委員会監修で同委員連名の著作である。両書のいずれの標題も2008年版が変更や追加又は削除された要求事項を含む改訂版であるかの印象を与え、著者名と重ね合わせるとそのような権威者の解説が必要なほどに重要な高度な改訂があったと思わされる。 発行元のウェブサイトでの書籍の説明文も、「2000版と2008版との差異・ポイントを詳解」「改正内容を踏まえた要求事項の正しい解釈」、「2008年改正によってQMSや審査に影響が生じるのかを知りたい方にお勧め」と、「改訂」を殊更に匂わしている。そして、「TC176日本代表がいち早く」「わが国で唯一の国内委員会監修の」と中身の真正さを強調している。これでは、登録取得組織はじめ規格要求事項の変更に敏感であることが必要な人々は、早く買って読まなければならないと感じてしまう。
 
<発刊の必要性>
  しかし、2008年版には2000年版から要求事項の追加も変更もない。両書の著者は、このことを正しく伝える責任のある立場の人々である。2008年版改訂作業に係わり、改訂意図を熟知している国内委員会の委員たる著者であれば、2008年版の要求事項が2000年版から変わっていないことを伝える責任はあっても、変わっていない規格を改めて説明する責任はない。JABや認証機関、出版社などがそれぞれの思惑で自身の利益のために2008年版「改訂」を取扱っている情勢において、各委員には「変わっている」との誤解を与えないように、また、規格の最大の顧客である登録取得組織にいらぬ2008年版対応取組みをさせないように、その言動を律することこそ大切である。規格の正しい使用を図るべき筆者達がどのような責任感で、どのような社会的必要を見て、この両書をこの時期に執筆し、上記のような標題で、上記のような謳文句で書籍が発刊され、販売されることを認める決定をしたのかが理解できない。
 
<2000年版解説書との違い>
  更に「ISO9001:2008要求事項の解説」については、これと同じ標題の2000年版解説書が、同じ国内委員会監修で同じ著者から発刊されている。すなわち、同じ規格協会発行の2002年10月を初版とする「ISO9001:2000要求事項の解説」である。解説と名うつ以上は、規格要求事項の条文の文面をなぞるだけの説明でも、別の言葉で言い直すだけでもなく、条文の文面だけではわからない、極端な場合は意味が誤って受け取られかねないような条文を解きほぐし、その意図或いはその背景の考え方や規格の論理を説明するものであるはずである。 2008年版は正に、このような意図の不明瞭な、意図が誤解され易かった条文や単語を変更したのである。先に2000年版に関して執筆発刊した解説書が適切に規格要求事項の意図を伝えるものであると著者が考えるなら、「2008年版」で条文が変更されても2000年版解説書の一字一句たりとも改める必要はないはずである。
 
<顧客満足>
  改めて2008年版解説書を発行する必要があるとすれば、2008年版が発行されてみて2000年版解説書に言葉足らずや誤解を招く箇所があったことに気づいたという場合、または、2000年版解説書にも条文を誤解していたところがあり解説が適切でなかったという場合であろう。しかし、ISO9001の意図する顧客満足の追求では、前者の場合は、新版解説書の執筆ではなく、正誤表のような形で内容を修正し、2000年版解説書の購入者にはウェブサイト等での告知と無償での正誤表提供を図ることとなり、後者の場合は、出版社は欠陥製品を販売したことになるから、リコールなど既購入者に応分の補償を行なうことになるだろう。これが、一般消費製品についてほとんど日常的に行なわれている組織の品質保証責任の果たし方であり、顧客繋ぎ止め策である。
 
  規格条文記述が変更されたから解説も改める必要があるというなら、書籍の中身が条文をオウム返しになぞらえたものであることを認めるのも同然であるから、書籍の標題から「解説」を落とすべきであり、旧版の標題が不適切であったことを既購入者に釈明すべきである。なお、両書には、経緯や改正審議など2008年改正作業に係わる説明が含まれており、これを要求事項の変更のない2008年版ながら解説書の発刊が必要とする言訳にしているように見える。しかしそれなら、規格改訂作業というISOの公的活動の情報を、それに公的に携わったが故に知っている人々が、自ら著者となって有料の商業本として公開することの是非を議論しなければならない。
 
<商業主義>
  ISO9001の登録件数の近年の頭打ち状態の大きな理由は新規登録の減少である。これは規格要求事項に改めて関心を持つ人、つまりは、規格解説書の購入者の数が減っていることを意味する。発行以来8年、薹の立った2000年版要求事項の解説書を、認証取得組織の関係者が今更買って読むことも多くはないだろうから、出版社にしてみれば2008年版改訂は、解説書への新たな需要を創出できる千載一遇の機会である。 この需要は2008年版で何かが変わったということでなければ創出できないから、社会に対して要求事項が変わったかの印象を与えることが必要である。このような意図で発売される、実は社会には不必要な著作を、国内委員会の委員が執筆し、その名を冠して出版することは、出版社の商業主義に加担するものと見られてもしかたがない。 誇りある著者ならためらうのが普通と思われるような新版解説書が執筆、発刊される状況からは、両書の発刊が出版社の商業主義と著者の社会的責任感のぶれとの合作であることさえ疑われる。
このページの先頭へ H21.1.24(修: 2.2)

68 登録取得組織の不祥事は認証審査にも責任−有効な適合性審査 ((勇気ある正しい結論)
   認証機関の集まりJACB(審査登録機関協議会)はそのウェブサイトに「社会に価値のある有効なQMSの審査のために」を副題とする品質技術委員会の報告書*1を掲載している。同委員会はH17年以来、登録組織による不祥事で低下する認証制度の信頼性回復の道を検討する活動を続けており、その4度目の活動報告書である。今回の検討目的は、認証に関する規格ISO/IEC17021*4の序文にその規格作成の背景や目的などが書かれているということに着目して、その記述から認証制度の意義を読み取って、認証審査のあるべき姿を探求することであったと書かれている。この検討はこれまでの3回と異なり、視点や論法に画期的なところがあるばかりか、結論が衝撃的である。業界関係者として初めて、登録組織の不祥事に対する認証審査の責任を認めたものとなっているからである。
 
  検討作業はまず、業界で唱えられている「有効性審査」には
組織の品質マネジメントシステムの有効性を調査する審査という意味の「システムの有効性の審査」と、
この審査が有効なものかどうかの「有効な適合性審査」
との2種類があるとする、業界関係者としては画期的な問題の取り上げ方から始まる。認証制度の信頼低下は登録取得組織が相次いで不祥事を発生させる状況において、登録証はそのようなことを起こさないという証ではないのかという社会の率直な疑問に起因している。然るにこれまで業界は、問題取組みとして「有効性審査」*2を掲げ、これを、先の経産省の指針*3でも、システムが有効かどうかを「パフォーマンスが向上しているかどうかで判断する」という審査であるとしてきて、社会の疑問には気がつかない振りを通してきた。 この状況の中でJACBは、「有効な適合性審査」という自らの責任に踏み込んだ問題の存在を取り上げたのであるから、画期的である。
 
  報告書によるとこの視点を中心においた検討は、登録証が保証すべきものとして同規格序文に規定されている次の3項目について考察し、これらを組織の顧客市場や社会に“デモンストレート”することが認証審査の目的であるとの判断に至っている。
  a) 組織の品質マネジメントシステムが規格に適合していること、
  b) 表明した方針と目標を達成する能力があること、及び、
  c) 品質マネジメントシステムを有効に実行していること
ここで“デモンストレート”という表現を使用するのは、原文“demonstrate”のJIS和訳「実証」が「全面的な事実として証明する」の印象を与えるので、「実例を与えて論証する」という意味でこの方が適切であるからと説明している。この英語理解には全面的には賛成できないが、業界関係者がJIS和訳に疑問をぶつけ、原文に立ち戻って自らの条文解釈を主張するということは過去になかったから、これも画期的なことである。
 
  そして検討は、c)項の「有効に実行している」の「有効」が品質マネジメントシステムの目的に対して有効であると考えるのが論理的帰結であるとした結論を導き出した。そして、「適合性審査」にはこのシステムの目的に対する有効性を審査することが含まれるとの理解を明確にしている。組織の品質マネジメントシステムの目的とは、組織の存続に必要として品質方針や品質目標に掲げられた品質不良を出さない、顧客満足の向上を図るという“品質保証”の追求である。とすれば、認証審査の目的は、組織がこの能力を有し、この目的に対して“有効に”業務を実行していることを組織の顧客市場や社会に“デモンストレート”することである。不祥事発生は組織の品質マネジメントシステムの目的に反する事態であることは明白であり、登録組織が不祥事を発生させたとすれば、有効でない システム を有効と判断したのであるから「有効な適合性審査」ではなかったということになる。
 
  実際の報告書では、品質マネジメントシステムの目的としてISO9001の1.1項を引用しているものの、目的に対する有効性の審査に関する論理展開や記述は心もとない。しかし、認証審査は「製品の品質が顧客要求事項や法令・規制要求事項を実際に達成しているかを評価すること」であると述べ、また、「……のようにすればISO9001認証を取得したけれど製品の品質は良くないという批判は起こってこないはずである」と、有効でなかった適合性審査も例示している。 あいまいな表現ではあるが、報告書は「有効な適合性審査」という概念を掲げることで、不祥事発生防止に対する認証審査の責任を意識して認めているものと受けとめたい。
 
  報告書のこのような結論自体は、認証制度の目的と枠組みに照らして当たり前のことであり、日本を代表する審査員らも初めてこの程度のことに気づいたということではないだろう。しかし、日本では規格執筆作業に参画する国内委員会を頂点にしたJABから認証機関、審査員、登録組織に至る縦社会の中で、認証の責任についてはJAB見解の「マネジメントシステム審査登録は改善することに意味がある」*8が絶対であり、社会の批判への対応は組織のパフォーマンスに注目する「有効性審査」*2、つまり、「システムが有効であった」ことの審査と決まっている。結論が衝撃的なのは、業界の秩序に反するが故にわかっていても言えなかったことが内部の関係者から外部に向けて公表されたことである。しかも報告書は、JABがその「有効性審査」の根拠としているのと同じ上記のa),b),c)項を用いて「有効な適合性審査」という結論を導き出したのである。
 
  この報告書の結論は当然ながら、「結果が大切(output matters)」との旗頭*5の下に進められている国際的取組み*6の視点とは軌を一にする。 同じウェブサイトには、これに背を向けた経産省指針*3の具体化検討作業の開始とJACBが参加が報じられている。報告書の「有効な適合性審査」が縦社会に自由な風が吹き込む風穴となり、実際にも認証制度の信頼回復のこれら取組みを正しく牽引することを期待したい。
 
*1 JACB品質技術委員会: JISQ17021(ISO/IEC17021)の序文を読み解く、2008.11.5
*2 JAB: マネジメントシステムに係わる認証審査のあり方、2007.4.13
*3 経産省: マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン、2008.7.29
*4 ISO/IEC17021: 適合性評価−マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項
*5 IAF: ISO9001 Auditing Practices Group Guidance on “Output matters!”、2006.12.8
*6 JAB: 認定制度の改革、第21回IAF総会報告会資料、2007.11.20
*7 JAB: マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン」対応委員会の発足、2008.11.5
*8 JAB: MSS適合性評価制度の信頼性の維持と向上、2004.7.28、p.4
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 67要求事項変更ない 2008年版へ“移行”とは? −思惑  
   ISO9001:2008を和訳したJISQ9101:2008が12月20日に発行された。これに伴い認証制度の元締めの日本適合性認定協会(JAB)は、文書「JISQ9001:2008発行に伴う認証の移行について」*1を発表し、ISO9001認証制度の中での新旧版の取扱いを説明している。これは、8/20のISO/IAF共同声明*2の中にある諸期限や開始点の起点をJIS版発行日の12月20日として明確にするものであり、趣旨は、既登録組織が2000年版審査で得た登録証を掲げることのできるのは、2010年12月19日までであり、組織はそれまでに2008年新版へ「認証の移行」が必要であるというものである。しかし、2008年版には「移行」という表現を用いず、「実施」を用いることが国際合意である。
   
   「移行」とは94年版から2000年版への切替えに用いられた表現である。2000年版は全業種業態の組織を対象とする汎用規格に性格を変え、条項構成を一から変えて多くの新要求事項が加えられた。事実上、新規格であるから、94年版適合の品質マネジメントシステムは一般にそのままでは2000年版に適合することにはならない。従って組織は、その品質マネジメントシステムを見直し調整して2000年版適合の品質マネジメントシステム に改める必要があり、このことを94年版から2000年版への移行(transition)と呼んだ。 登録証を継続して維持したい組織は、その品質マネジメントシステムを2000年版に適合するものに移行させた後に、登録証の有効期間内であっても定められた期限までに通常の認証審査とは別の「移行審査」を受けなければならず、移行審査によって組織の品質マネジメントシステムは新版への移行が認められた。
   
  2008年版は要求事項の点では2000年版と全く同じである。2000年版に適合する品質マネジメントシステムはそのままで2008年版に適合する。TC176の「ISO9001:2008 実施の手引き」*3では、2008年版での認証は“格上げ”ではなく、新旧両版の登録証の価値に差を付けてはならない旨明記されている。ISOも日本の国内委員会でさえ新版の意義を、明瞭化された要求事項の意図から解釈に誤解のあったことがわかった組織がそれを正すことであると述べている。認証制度の下では誤解して要求事項を適用しておれば2000年版適合の登録証を得られなかったはずだから、登録取得組織にはこれもあてはまらない。2008年版へは「移行」の必要も、その余地もないのが現実である。
 
  ISO*4とTC176*3はこの状況に鑑みて、2008年版への切替えに関するそれぞれの文書の中で「移行」ではなく「実施」という言葉を用いると宣言している。この「実施」の原文は“implementation”であるから、「公式に決められていたことを開始させる」ことの意味*5であり、この場合は「適用開始」と和訳するべき英語である。 すなわち、組織は2008年版規格書を購入して外部文書として管理している旧版と差替え、以降に必要があって参照する場合にこれを使うことになる。これが2008年版の「適用開始」である。組織が設定された期限内に2008年版で審査を受けて新しい登録証を得るためには、その品質マネジメントシステムを見直ししたり、変更する必要はなく、品質マニュアルなど諸文書に規格の版名が書いてあればそれを改めるだけで、審査を受ければよい。
 
  しかしこれでは、JABも何もすることはない。そこで、誤解している要求事項があるはずだからそれを変えなければならないということが強調される。これをJABは認証機関に対して用いて、2000年版を誤解し、また、2008年版を的確に理解していない組織に登録証を発行しているような場合は認定審査は淡々とは済まず、「認証機関のお考えなどについて時間をとってしっかり確認させていただくことになります」と凄味をきかせている*6。要求事項が変わっていないといって何も変えない組織に登録証を発行する認証機関は許されないとのJABの警告である。こうしてJABは、認証機関の認定審査に新たな要点を追加して、自身の裁量権をその分拡大し、認証機関への支配権を強化しようとしている。ここではJABは、2008年版を機に改めなければならない不適切な登録証を発行してきた認証機関があると言いながら、それを認定してきた自らの責任は棚上げしている。日本の認証制度はこんな理不尽が通ずるまでに縦社会である。この縦社会の秩序によって、規格や制度の規則が変わる毎に、その変化に関する解釈で縦社会の上位者ほど優位に立て、新たな権威と権限を得て縦社会の規律を強固にでき、同時に、経済利益を得る機会を手に入れることができる。JABは無頓着に「移行」という表現を使っているのではなく、それには訳がある。こんな見方というのは下司の勘繰か。
 
*1 日本適合性認定協会: JISQ9001:2008発行に伴う認証の移行について、2008.12.22
*2  IAF/ISO: Joint IAF-ISO communique, Implementation of accredited certification to ISO9001:228, 2008.8.20
*3  ISO/TC176: Implementation guidance for ISO9001:2008, N836, October 2008
*4  ISO: Advice for users on implementing ISO9001:2008, ISO Management Systems, Sep-Oct 2008,p.10-14
*5  Oxford University Press: Oxford Advanced Learner’s Dictionary
        to make something that has been officially decided start to happen or be used
*6  アイソス: ISO9001:2008追補 詳説 認定機関に聞く(取材先 中川梓氏)、アイソス、No.133, 2008.12月号、P.28-30,
このページの先頭へ H20.12.26

 66.ISO9001:2008、要求事項変更なくても システム見直しが必要?−矜持
    ISO9001の2008年版が今月15日に発行されることになった。2008年版は、公式には改訂版(revision)ではなく追補版(amendment)と呼ばれてきたように、要求事項の意図の明確化とISO14001との表現の整合化が改訂の中身である。要求事項に変更のないことは、2008年版の発行に関するISOやこの規格作成担当のTC176の説明の中で繰返し述べられている。例えば、2008年版発行後の2000年版登録証の取扱いに関する8月のIAF-ISO共同声明*1でも、「2008年版は如何なる新規な要求事項も含んでいない」と明言されている。規格作成作業に関して日本を代表する品質マネジメントシステム規格国内委員会*2も「今回の追補改訂作業は、ISO9001 の要求事項を追加するものでも、要求事項の意図を変更するものでもありません」と改訂の趣旨を説明する文書を8月に公表している。
 
   これらの説明は、現在の登録取得組織の品質マネジメントシステムは、2008年版にもそのままで適合するということを意味する。2000年版と2008年版の要求事項が同じである以上、2000年版の要求事項を満たすとして認証機関が認めた現在の品質マネジメントシステムが2008年版を満たさないという理由はないからである。従って2008年版発行に際して登録取得組織は、新しい規格書を購入し、品質マニュアルのISO9001:2000とかISO9000:2000という表記を、ISO9001:2008、ISO9000:2005と変更するだけでよい。
 
  しかし、現実にはそうはいかないのである。 例えば上記の国内委員会の説明では、2008年版により「規格の意図が明確になったことによって、ISO9001:2000 の本来の意図が正しく理解されていなかったことが判明した場合には、品質マネジメントシステムの運用等に関して見直しが必要となり、適切な対応が必要となる」のである。この説明が登録取得組織に向けられているとすれば、筋が通らない。組織は認証機関によって、その品質マネジメントシステムが2008年版と同じ2000年版の要求事項の意図を満たすものと判断された結果で登録証を取得している。もし、2008年版を機に組織が見直さなければならないところがあるとするならば、認証機関自身が規格の意図を誤って解釈して本来は不適合な品質マネジメントシステムなのに登録証を発行していたことになる。JABが認定する認証機関にはこのような認証機関はないはずであるから、国内委員会の上記の言い分は登録取得組織には通じない。 ただし、規格の使用には認証が必須ではないから、認証を受けないでその品質マネジメントシステムを規格に適合させ、運用している組織もあってよい。国内委員会の上記の説明がこのような組織向けであるとすると問題はない。
 
   ところが認証機関もこぞってそれぞれに改訂説明会を開いている。多くの認証機関はこの中で、「これまでこうだった組織は…..」と、2008年版で明瞭になった意図に沿った、また、要求事項の記述変更に準じた品質マネジメントシステムの見直しと品質マニュアルの記述変更を求めている。これは筋が通らない話である。 第一に、これでは、社会に対してこれまでの登録証に欠陥があったということを言っているようなものである。 更に、2000版のわかりにくい表現のために組織が要求事項の解釈を誤っていたというのなら、認証機関自身もその誤解に基づく要求事項不適合な品質マネジメントシステムを適合として認めてきた責任がるからである。 認証審査は組織の品質マネジメントシステムの規格適合性を判定する有料のサービスであるから、そのサービス に欠陥があったなら相応の対応をとる、これは事業取引の原則である。そういうことではなかったというのであれば、説明会で不必要なことを登録取得組織に要求していることになる。顧客に迷惑をかけないというのが事業を行なう最低の規範であり、ISO9001の顧客満足の基本でもある。
 
  認証機関が社会の味方を標榜して登録取得組織を顧客扱いしないばかりか、JABの尻馬に乗って登録取得組織を思うように扱うことができるという錯覚に酔いしれている姿は情けない。誇りある事業者としての認証機関であれば、要求事項が変わっていない2008年版の発行に際して「JABが見直しの必要に言及しているが、当認証機関では適切な認証サービスを提供してきたので、登録取得組織には見直しも品質マネジメントシステムの変更も必要はない」と、登録取得組織の困惑を解き、社会に登録証の継続的な信頼性を訴えるべきであろう。登録証の見掛けの価値に差がなく、料金以外に競争の余地が少ない認証業界であるが故に、このような認証機関が出てくれば認証市場で一挙に他機関を圧倒することができるだろう。
 
*1 Joint IAF-ISO communique, Implementation of accredited certification to ISO9001:228, 2008.8.20
*2 品質マネジメントシステム国内委員会: ISO9001の2008年改訂について、H20.8
このページの先頭へ H20.11.16(改 12.28)

 65. 「有効性審査」で認証制度の信頼が回復するのか  
   7/5の経産省の「マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン」の発表により、各関係機関の認証制度の信頼性回復の取組みの方策が出揃った。恐らく業界ではこの ガイドライン が権威を持ち、これに沿って今後の日本における問題対応が進められるのであろう。 ガイドラインは冒頭で、登録証取得組織による相次ぐ不祥事を認証制度が抑止できていない点を社会が問題視しており、これが認証制度の信頼を低下させているとの認識を明確にしている。 そして、これを解決するために認定機関、認証機関が取組むべき課題を提唱するのがこのガイドラインであるとしている。
 
  これに鑑みると、提唱は不祥事を発生させる組織に登録証が発行されることを阻止することが狙いのものであると考えるのが自然である。 ところが、提唱の中身は不祥事を発生させた組織に対する制裁を含む事後対応の厳格化が主体であり、不祥事発生の抑止の施策らしきものは「有効性審査の徹底」とそのための「審査員の質の向上と均質化」しかない。しかも、提唱はこの「有効性審査」を「規格がシステムとして有効に機能しているかどうかを、パフォーマンスが向上しているかどうかで判断する審査のこと」であると定義し、この審査によって組織の不祥事を抑止できるという論理を示していない。
 
  因みに、過去の優秀な実績に対して発行されるのは表彰状である。登録証は現在から将来にかけての実績が優秀であろうことを保証する。 このために行なわれるのが認証制度の枠組みのシステム審査である。すなわち、システム審査では審査員は、過去と現在のマネジメントの諸業務の実行状況が規格に適合しており、過去の実績が組織の狙い通りであったこと及びそれが現在と同じ業務実行状況の結果であることを証拠によって確認し、その上で、過去と現在の実態から同じ業務実行状況が今後も間違いなく継続するであろうことの心証を固める。 組織のこの状態が、登録証発行要件*たる「マネジメントシステムが規定要求事項に適合し、定めた方針、目標を一貫して達成でき、有効的に実施されている」状態である。 このように判断され登録証を授与された組織は登録証の保証期間内では、過去と同じように組織が方針で明らかにした通りの実績を出し、不祥事を発生させることはない。
 
  提唱される「有効性審査」は、用語において「マネジメントシステムが有効的に実施されている」ことを保証する認証制度の趣旨に適う審査と似ているが、実体は過去の実績で現在から将来の実績を占うという乱暴な考えであり、不祥事発生抑止の筋道が見えない。ガイドラインの提唱には全体に、目的と施策との繋がりの論理性がなく、不祥事抑止への真剣さが読み取れず、提唱の施策によって信頼回復が果たされることは期待できない。このようなことをガイドライン作成に携わった業界権威がわかっていないはずはないのに、ガイドラインは、この取組みを以て認証制度の信頼性を確保するIAFなどの国際的取組みを主導すると述べ、しかもその国際的取組みがガイドライン提唱とは異なる方向で相当に進んでいる事実に全く触れていない。
 
  ガイドラインは、組織や社会に対して依らしむべし知らしむべからずで、都合のよい問題解決を図ろうとするこれまでと同様の権威主義の産物に見える。ただし、ガイドラインは冒頭で登録証取得組織による不祥事の抑止を目的に挙げているから、あいまいな決着はできないということが従来と異なる。今回はお茶を濁すだけでは済まないと思うのだが。
 
* ISO/IEC17021(適合性評価−マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項)  序文
このページの先頭へ H20.9.7

 64. 結果が大切 - ISO登録証信頼向上取組みの合言葉  [ISO業界よもやま話]
   米国の適合性認定機関ANABの会長R.H.King氏は、今年3月に米国で開かれた第16回ISO9000国際会議の議長挨拶の中で、「最近、“結果が大切(Output Matters)”という言葉が呪文のように繰返されている」と述べている。「結果が大切」とは、ISO9001登録取得組織による品質事故や不祥事が繰返し発生する状況の中で、認証制度の原則を明確にした表現である。 すなわち、ISO9001適合の証の登録証を取得しながら顧客のニーズや期待に反する事故や不祥事を引き起こすことはあり得ないという原則であり、登録証への社会の信頼性毀損を食い止めようとする今日の世界の認定機関の取組みの合言葉である。
 
  「結果」とは認証機関の認証審査の結果であり、認定機関の認証機関に対する認定審査の結果のことである。 認証審査や認定審査の結果が大切であるというのは、 認証機関は品質事故や不祥事を発生させる不良組織に登録証を発行しない、また、認定機関は不良組織に登録証を発行するような不良認証機関を認定しないようにしなければならないということである。
 
   ISO9001導入が中小企業に拡がり、形式的な文書化の弊害が組織の不満を高める状況に対応して2000年版は、 プロセスアプローチ を掲げ、業務の効果的実行に焦点を当てた構成や表現となったが、発行と同じ頃から社会の登録証への信頼を低下させる登録取得組織の品質事故や不祥事が目立つようになった。 これに対して世界の適合性認定機関の団体、IAF(国際認定機関フォーラム)は、審査とコンサルティングの癒着と他国の認定機関に認定された認証機関とによる安易な登録証発行が背景であるとして、これら規制を強化して2003年にIAF指針を変更した。日本でもこれに呼応して、「負のスパイラル」論が持ち出されて、2004年には認証機関と審査員への規制が強化された。 これが的を得た見方でなかった証拠に、日本でも、また、欧米では登録証の商品化とも揶揄される認証市場の競争激化と混乱とあいまって、登録証への信頼低下は更に進んで今日に至っている。
 
  JABの説明では「結果が大切」の発端は、2006年3月のIAF技術委員会である。ここで、ISO9000助言グループ(IAG)提出の白書「QMS審査登録の信頼性を如何に守るか」に触発されて、2003年改革の成果が認められないとの意見を皮切りに議論が沸騰した。 その結果、SINCERT(イタリアの認定機関)を主査とする認定プロセスの リエンジニアリング検討グループが発足した。 日本の別の説明では同年6月のIAG会合で「結果が大切」が議論されたとあるが、これは上記の検討グループの検討のひとつの場であったと考えられる。 10月の同検討グループの報告原案の標題は「マネジメントシステム認証の世界的信頼性の改善」であり、「結果に焦点を当てた認定」を掲げ、適切な登録証の発行という観点での認証機関に対する認定機関による監視の強化を提案している。 報告書は、「マネジメントシステム登録証が提供出来ないものを組織や社会が期待しているのだと言いふらすのは非生産的であり、かつ、相当の程度誤り」であり、それは「30年の規格化と適合性評価の歴史の否定であり、真実でもない」と断じている。
 
  ところで「結果が大切」という言葉自身は、ANABの2005年11月の告示(Heads Up)の標題に用いられたのが最初で、次に米国の雑誌の2006年7月号に寄せられた小論文の標題として現れた。 これをIAFのAPG(審査実務グループ)が同年12月に、この論文を引用したことから有名になった。 この小論文が標題と共にAPGが作成する審査手順指針のひとつとして引用されたことは画期的なことであった。 なぜなら、 APGは、プロセスアプローチ審査、追加的価値のある審査を含み、認証審査の形式や方法に関する種々の指針を作成してきたグループであるからである。
 
   上記の リエンジニアリング検討グループの報告書が2007年3月の技術委員会で承認されたことは、欧米では広く報じられており、 10月のIAF総会はその最終報告書を承認し、具体的な取り組みを進める作業班設立をも承認した。 この最終報告書の主題は、「認定の有効性の改善」であり、従来の認証機関の業務遂行力の評価に基づく認定から、不良認証機関を認定しないこと、つまり、「結果に焦点を当てた認定」へと変換を図ることが中心となっている。報告書ではまた、定期認定審査の強化による認証機関の登録証発行業務の有効性の監視と、不祥事を起こした組織に登録証を発行した認証機関の制裁と公表などを含む施策を提案している
 
  IAFの「結果が大切」の取組みが認定に関するIAF指針文書の適切な改訂として結実することが期待される。 ISO業界が初めて本当の問題に取組む姿勢を明確にしたことで、規格と認証制度の社会的有用性が確立する可能性がでてきた。 しかし、「結果が大切」の旗振りの中心は規格執筆者のグループであり、上記報告書に認証機関の価格競争規制や他国での認定機関の活動規制が盛り込まれており、対象がISO9001に絞られているなど、IAFの取組みには業界の既得権益擁護の思惑が絡んでいる。 この取組みも「結果が大切」なのだが、社会が期待する結果になるかどうかは予断必ずしも許さない。
このページの先頭へ H20.7.25(修 7.26、 追 H21.3.30)

 63. 欧米でもISO9001/14001登録証への信頼は失墜、でも.......                              
<趣旨>
   日本ではISO9001/14001認証取得組織の事故や不祥事が相次ぎ、規格や認証制度への不満と不信が拡がっている。筆者は2002(H14)年よりウェブに掲載される海外の規格取組みに関する興味ある情報を収集し、それぞれはその都度、本ウェブサイト(『海外の動向』ページ)に掲載してきた。 この度、この中から、欧米におけるISO9001/14001認証制度の問題ある実状とそれに対するIAF(国際認定機関フォーラム)や各国の認定機関の認識と問題解決への取組みに関する情報をとりまとめた。
 
<全体感>
   体系的な情報収集ではなく、欧米の状況を垣間見る程度ではあるが、認証制度の信頼性の実状に関して、日本と同じ点と日本と異なる点がはっきりしているように思われる。すなわち、登録取得組織の事故や不祥事により認証制度への社会の信頼が地に落ちている状況は欧米も日本も同じだが、欧米ではその第一原因が認証機関による安易な登録証の発行であるとする見方を、適合性認定機関も、その国際団体IAF(国際認定機関フォーラム)も認めているところが日本と根本的に異なる。 この結果、日本では不祥事を発生させた組織への制裁強化の議論に留まっているのに対して、欧米では、問題ある登録証を発行した認証機関への制裁措置を含む認証審査のあり方やそのような認証機関を認定する認定活動のあり方の改善の取り組みが進められている。
 
   近年欧州では、EU各国認定機関の団体EAが認定機関乱立の法規制を基礎とする認定制度の改善に取組んでおり、IAFは昨秋に認定制度再構築を図る作業班を発足させた。  日本では、JABがH16年の「MSS適合性評価制度の信頼性の維持と向上」報告書の「マネジメントシステム審査登録は製品認証とは異なって、改善することに意味がある。組織が問題を発生させた場合は、その原因をQMSの不具合として指摘し、是正処置をとらせ、不具合や是正処置次第で登録一時停止などの措置に付す。」との見解を未だ変えていない。 今回とりまとめたウェブ情報は全体として、これが国際認識や親団体のIAFの認識ともずれた特異なものであることを浮き上がらせている。
(*印の和訳及び各情報の抄録和訳は著者によるものであり、著者の判断で引用、和訳したものです。)
 
<個別の情報>
1. 認証制度の実状を伝える情報 認証制度の効用を認める見解も公表されているが、社会に規格や認証制度への疑問が拡がっていることがうかがわれる。
このことは、制度が機能していないことを指摘する事実や見解の公表が多いことから推定される。
認証制度の実状に関して、効用を認める見解も公表されているが、制度が機能していないことを指摘する事実や見解の公表も少なくない。
認証制度への疑問は、登録取得組織が事故や不祥事を発生させることから来ている。
同時に、認証市場の商業主義化が進み、IAFに加盟しない認定機関の認定を受けた認証機関による格安審査や認定マークの偽装などが、認証制度の信頼性の低下を加速している。
 
2. 認証制度の機能不全の原因に関する情報
制度の機能不全の原因として、規格そのものの無力さや組織の取組みを挙げる関係者もいるが、多くは認証のあり方に問題があることを原因に挙げ、認証審査の実態を批判するものとなっている。
 
3. 制度管理者の認識 及び 認証の有効性の改善の取組みを伝える情報
制度管理者(IAFや認定機関)は、この実状に対して組織の取組みの問題をも指摘しているが、基本的には認証機関による安易な登録証の発行に問題があるいう認識にある。 更に、認証機関を認定する認定制度に最終責任のあることをも認めている。
この認識では、安易に登録証を発行する認証機関として、IAFに属さない認定機関の傘下の怪しげな認証機関、格安を売り物にする認証機関、更に、母国の認定機関の監視の目の届かない海外で活動する認証機関、の3つの類型の認証機関がやり玉に挙げられている。
この実状に対して制度管理者は、認証制度に関する広報活動を行なう一方で、認証の有効性向上のための認証機関の認定のあり方の見直しに取り組んできた。
最近では、 EA(EUの認定機関の団体)が、価格競争を防止する法規制の下で、市場に提供される登録証の価値と信頼性を保証することを狙いとした認証機関の認定活動の改善の取組みを行なっており、IAFもこれと同機軸の認定活動の質の改善を図る作業部会を昨年10月に発足させた。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-63>

 62.  救世主になれそうもないISO9001の2008年改訂(追補)版  −無節操
    ISO9001の改訂作業は、実質的に最終段階であるDIS版に達し、今年10月には発行される見込みとなっている。この改訂作業については、ISO規格の見直し規則に則ってとは言っても、2000年版への以降のまだ終わっていない2003年10月にその議論が始まった。時期尚早の意見も強い中、2012年のISO14001との同時改訂を念頭において、最低限の改訂のAmendment(追補版)を2008年に発行するということで、翌年から作業が始められた。途中でISO14001との整合化の議論も2012年のISO14001との同時改訂の話も消滅し、逆にISO9001の改訂範囲拡大の論議が再燃するなど曲折があったが、意図の明瞭化、翻訳性の改善、ISO14001との互換性の改善に限定するという当初改訂方針の通りに、改訂作業が進められてきた。DIS版は通例なら内容はあまり変わらずに今後、FDIS版を経て改訂規格として発行される。
 
  規格改訂は品質マニュアルの改訂作業など基本的に登録取得組織に負担を強いる。2008年改訂への当初強かった慎重論が覆されたのは、それを上回る改訂の必要が認識されたからであろう。改訂の狙いが意図の明瞭化に置かれていることからすると、条文の誤った受けとめが規格運用の効果を妨げていると思われる事情が各国にもあるのだろう。日本では、規格導入の効用に関する登録取得組織の不満や不祥事による登録証への社会の不信が爆発寸前の状況にあり、この根幹には業界ぐるみの上意下達の誤った規格理解と解釈がある。もし2008年改訂に意味を見出すなら、このような恣意的で無原則な条文解釈が許されなくなる明瞭な条文記述に改善されることである。これにより規格運用と登録制度の問題が解消されるなら、規格改訂で生じる組織の負担は十二分に報われる。
 
  さて、公表されたDIS版では、改訂箇所は規格の全51条項の内の24条項に及び、66件の記述の変更があるから、とても小改訂とは言えない。これを分析すると、単なる表現の変更が34件あり、目的が意図の明瞭化にあると認められる記述の変更は32件と半数である。後者でも、確かに現行の表現に不備があり誤解を招かない適切な表現に改められたと考えられる記述の変更は11件のみであり、他の17件の変更には格別の必要は見出せない。問題は残りの4件であり、記述の変更により本来の意図が変更されているから、規格改訂方針に実質的に背いている。しかも、変更は、「監視測定の手段(device)」を「監視測定機器(equipment)」に限定し(7.5.1,7.6)、「作業環境」から人的作業環境を除外し(6.4)、検査合格の証拠の記録は管理しなくてもよい(8.2.4)とするものであり、およそ組織の業務の必要や経営管理の常識を無視した変更である。これらは2000年版が立脚する論理に悖り、効果的な マネジメント の手本としての規格の有用性を毀損する誤った変更と言わざるを得ない。最低限の改訂に留めるという方針を掲げながら半数の条項で合計66件もの変更が行なわれ、しかも有用な記述変更はわずか11件に過ぎない。DIS版が4年もの歳月を掛けて議論を積み上げた結果であるとすれば、如何にも乏しい内容であり、4件の誤った変更と言い、伝えられる改訂作業の曲折や議事の紛糾などと合わせて、この度の改訂作業が規格作成関係者による変更のための変更の議論に動かされていたことを推察させる。
 
   そこで、変更の意味があると考えられる11件であるが、現行版のJIS和訳が変更後の英文に意訳していたので影響がない1件を除くといずれも、日本で誤って受けとめられている要求事項に関係している。すなわち、プロセスの監視測定方法はプロセスの重要性に応じたものでよい(8.2.3)、内部監査の不適合は必要な場合に是正処置をとればよい(8.2.4)ことが明瞭になり、「リリース」が製品の出荷であり次工程送りの意味は含まれない(7.5.1,8.2.4)ことも明瞭になり、現行の余計な形式的業務をとりやめさせるという意味で特に効果的な記述変更である。「必要な力量」の意味を再確認させ、必要な職務遂行力充足のPDCAサイクルの必要を明瞭にした記述変更(6.2.1, 6.2.2 b),c))は、現場要員の業務能力の開発の教育訓練の形式との受けとめの誤りに気付かせるという意味で役に立つ。また、顧客満足の監視の意味の明瞭化(8.2.1)、及び、アウトソースしたプロセスの管理の意味の明瞭化(4.1)も、多くの組織の現実の問題を改善するための道を示すものとして有用である。更に、顧客の個人情報の管理の重要性の指摘(7.5.4)も時宜を得たものと考えることができる。
 
  全体として必要が疑われかねない2008年改訂であるが、日本では特に、登録取得組織には大なり小なり品質マニュアルの記述の変更が必要となるだけで、何の実務上の利益ももたらさないと思われる。なぜなら、 DIS版要点解説は、どの記述変更も単なる表現の変更としかとらえておらず、多少とも効果の出る可能性をもつ11件の変更についても、変更の意義をほとんど何も真っ当に取り上げていない。日本ではこの要点解説が権威をもって認証業界を支配することになるから、折角のわずかな改訂さえも活かされることはなさそうである。その上に、現状の誤解をむしろ許容する改訂が含まれており、更にJIS仮訳には測定機器の校正の識別の表示が必要になる(7.6)というおまけまでついている。 2008年改訂が日本のISO9001規格と認証制度を巡る深刻な問題の解決の救世主になる可能性はまずないであろう。
このページの先頭へ H20.3.4(修 3.6)

 61. (追補) 登録取得組織も事故、不祥事を引起こす理由
             
− 経営トップの空虚な コミットメント が 問題を潜在化させ不祥事に
<新たな不祥事>
  昨年の一連の食品表示の偽装に比べて社会の関心は薄いが、エレベーター強度不足(7月)が偽装かどうかの決着のつかない間に建材耐火性能偽装、型枠強度偽装(11月)が発覚し、今年に入って古紙配合の偽装が、そして先週には再生樹脂配合の偽装が明らかになった。偽装は流行語の域を越え、企業の日常となったかにも見えるほどである。これらの偽装問題の特徴は、製品の性能ないし効能に係わる品質を偽っていた問題であること、いずれもが堂々たる大企業であること、最初に問題発覚した1社だけではなくほとんど業界ぐるみの状況にみえること、不祥事の分野がISO9001からISO14001に拡がったことなどである。多くがISO9001や14001の登録証取得企業であることに言及する報道がないのはISO規格の登録制度の存在の希薄さの反映であろう。
 
<製品品質のためという言訳>
  古紙や再生樹脂配合の偽装の原因説明は、色合いや異物混入など顧客の品質要求に応えるためのやむをえない処置であり、良い品質を供給したのだから問題ないという開き直りを含んでいる。 しかし、企業が顧客に訴え、顧客がそれに共感して買ったのは、古紙や再生樹脂から成る製品であるということである。ISO14001に関して言えば、古紙や再生樹脂の配合は企業の活動が森林破壊や天然資源の消費という“著しい環境影響”の原因となっているとの認識の下に、企業が採用した地球環境責任を果たすための方策である。ISO14001登録取得は、技術的、収益上の困難さとのバランスさせつつ必要な環境責任を果たすという意志表示であり、だから製品を買ってほしいという顧客への訴えである。色合いや異物混入防止が顧客のニーズや期待だから古紙や再生樹脂使用が出来ないなら、それをやめればよいのであり、別の責任の果たし方を探せばよい。
 
   ISO9001で「品質」とは、ものやサービス の特性が顧客のニーズや期待を満たす程度を意味する。この場合、古紙や再生樹脂を配合することが顧客のニーズと期待であるから、その配合程度が品質である。色合いや異物混入防止が品質なら、古紙や再生樹脂の配合も品質である。偽装がばれた企業の品質は良かったという言い訳は成り立たないのである。 配合していないのに配合していると言ったとすれば虚偽以外の何物でもない。日経新聞1月14日号の囲い記事「大機小機」は、刑法の理論上は詐欺罪が成立すると論じている。
 
<経営トップの コミットメント>
  ISO9001、14001は、組織が真っ当に発展するための顧客第一の貫き方、又、地球環境責任の果たし方に関する指針である。しかしこの指針に則る経営を実践することは、収益企業としては必ずしも容易なことではない。 従って、経営に規格の指針を導入せんとするなら、 経営トッフ はこれをあくまでやり通すという揺るぎない決意を固め、自他に約束しなければならない。 規格が トップマネジメントに求めている コミットメント(5.1項/4.2 b),c)項)とは、規格の実践を職を賭してやり抜き通すという覚悟である。やり抜くと言う以上、まして、やらなければ辞任すると言う以上は、あれをやれ、これをやれと号令をかけるだけではなく、ちゃんとやられていることを自身で確信できるところまで確認するはずである。従って、この度の不祥事で大半の経営トップが知らなかったと主張しているのは、コミットメント をしていなかったと言っているのと同じである。 登録証取得が目的化する中で、規格の品質マネジメントシステム、環境マネジメントシステム の大半は現場の品質又は環境の改善運動と認識されて取り組まれている。多くの経営者には両システムに係わる業務が経営者としての自らの責任の不可分な一部であるとの認識がないから、コミットメント が必要とは知っていても その意味の理解は希薄である。どの経営トップも不祥事は遺憾であり、知っていたなら許さなかったと言っているから、これらの内のISO9001、14001の登録取得組織は トップマネジメント の空虚な コミットメント が問題を潜在化させ、結果として不祥事を発生させた。
 
<登録取得組織が事故や不祥時を引起こす第5の理由>
  筆者は昨年、日本で登録取得組織が事故や不祥事を引き起こす理由について考察し、誤った規格解釈と取組み、誤った登録制度統制、誤った登録審査基準の適用、組織の業務能力醸成の困難さの4点を取り上げた。 しかし、この度の新たな特徴を有する一連の不祥事は、経営トップの空虚な コミットメント に立脚する規格取組みという第5の理由の存在を明らかにした。
 
   ISO9001,14001の審査は組織の不正を見破るのが目的ではない。審査は、組織が規格に則って顧客満足第一の又は地球環境への責任意識をもった経営を行っていることを確認することであり、組織が一生懸命やっているから見てほしいと言うのを受けて審査が行われる。不正はないというのが審査の前提である。 審査で コミットメントをどのように確認したかという問題は残るが、善意の組織を審査するという前提に立てば、認証機関を非難することは必ずしも適当ではない。むしろ、この度の一連の不祥事に関しては、企業が不正を認めた時点で直ちに、当該認証機関の能力と審査登録制度への信頼を傷つけた理由で登録停止処分に付すのが筋道であった。このような認証機関の対応は、この第5の理由の存在に対する有効な抑止力になるであろうし、また、登録制度の意義を社会に明確にでき、信頼毀損への影響を少しは緩和できる。認証機関は一時的に顧客(登録取得組織)を失っても、長期的には社会から信頼される認証機関との評価を得て繁栄の道を歩むことができる。
このページの先頭へ H20.2.13

 60.つながる点と線 認定改革IAF案対応のJAB筋書
   1月11日の日経新聞は「ISO認証審査厳格化―企業の偽装相次ぎ形骸化批判」という大見出しで、昨年10月のIAFのシドニー会議で登録証の信頼性を高めるために審査方法を見直すことが決まり、国内でも経産省がIAFに先んじた実施を目指して独自に改革案を検討していると報じている。内容は社会の関心事ではあるが、時事ニュースとしてこの時期に報じられることの意味がわからない。しかし、同じ週の7日にはJABが3月に「ISO 9001認証を考える」をテーマに公開討論会を開催し、研究成果「信頼されるISO 9001認証制度」を報告すると発表しており、記事の直後に届けられた雑誌「月間アイソム」では経産省の認証制度信頼性向上取組みの寄稿文が掲載されている。これらが関連を持った動きだとすると、昨年4月の「マネジメントシステムに係わる認証審査のあり方」というJABの見解発表まで遡って一連の出来事という点が、JABの認定改革IAF案対応という線でつながる。
 
   登録証を掲げる組織が製品 リコール、法規制違反など事故や不祥事を発生させる事例の絶えないことは欧米では10年前から問題になっている。IAFは2001年には問題取組みを開始し、その後さらに拡がる顧客や社会の不信に対して設立した作業班が昨年3月に問題解決のための認定制度の改革案をまとめた。この問題の欧米の認識は、登録取得組織の事故や不祥事発生は認証活動が適切でないのが原因であり、IAFに属さない認定機関の傘下の怪しげな認証機関、格安を売り物にする認証機関、更に、母国の認定機関の監視の目の届かない海外で活動する認証機関による不適切な審査と安易な登録証発行が背景にあるというものである。従って、作業班の提案は、不良認証機関の存在を許さないようにする「認定の有効性の改善」であり、具体策として認定活動の質の改善、不祥事発生に責任があるとわかった認証機関の制裁、他国で活動する認証機関の監視強化、認証機関の価格競争抑制などを挙げている。
 
  これはJABには乗れない話である。JABの考えでは、マネジメントシステムの審査登録は改善することに意味があるのであり、登録証は事故や不祥事の防止とは無関係である。不祥事が出れば認証機関は組織にきちっと是正処置をとらせればよいだけである。IAF提案のように登録組織の不祥事に対して認証機関の責任を問うなら、JABはこれまでの考えが間違っていたことを認めなければならないから面子まるつぶれである。認定機関の認定活動が問題だったというような事は、業界に絶対的な権限で君臨してきたJABとしては口が裂けても言えない。それに、IAF作業班の報告を認めると、今後発生する不祥事の度毎にJABが世間の非難の矢面に晒されることになりかねない。
 
  昨4月13日のJABの認証審査に関する見解発表は、認証機関の認定のための新規格ISO/IEC17021の発行と関連づけられていたが、その中身では制度の信頼性回復とそのための“マネジメントシステムの有効性”の審査がやたら強調されていた。不二家問題など登録証への疑問が拡がる中のその前月の3月には、のんびりと「ISOを楽しむ」というテーマで公開討論会を開いていたのに態度急変である。しかし新見解も肝心の不祥事の防止が必要とは言わず、訳のわからない理屈が並びたてられているだけに思えた。今になってこれがその1ケ月前のIAF作業班報告への反応だったとすると合点がいく。続く4月27日、認証機関の団体JACBは、公表を約束して検討中の環境関連不祥事への審査登録機関としての対応の結果を公開しないことを決めた。これも情勢に逆らう決定で当時は疑問を感じたが、JABのIAF対応策との整合のために迂闊な内容の発表を差し控える意図が裏にあったのだろう。そしてIAFは10月総会で作業班の提案を承認し、具体策検討の新作業班TFを発足させた。JABは11月、認証機関を集めてこの総会の報告会をもっているから、何がしかの因果を含めたのかもしれない。
 
  来る3月の公開討論会でJABは、IAFの改革案を踏まえて、登録組織の不祥事に起因する登録制度の信頼性低下と信頼性回復に関する考えを明らかにするはずである。もし、日経新聞の記事や経産省寄稿文がこの前座として用意されたものであるとすれば、それらの内容から、発表される「信頼される認証制度」の骨子が昨年4月のJAB新見解に沿ったもので、信頼性の回復に何の役にも立たず、一方でJABの権限を更に強めるものである可能性が強い。経産省の改革案もこれにお墨付きを与えるものであろう。点としてのそれぞれの出来事は雑誌や報道記事に基づく事実であるが、それらをつなぐ線は筆者の憶測である。憶測が誤りで線は点のつながりでないのなら、公開討論会でJABは、認証制度の本来の目的に立ち戻ってIAFが行おうとする認定制度の改革の狙いと同じ趣旨の登録証の信頼性回復のあり方を示すことになる。
このページの先頭へ H20.1.20

 59. 泣く子と地頭とJRCA −ISO業界よもやま話
    「泣く子と政府には勝てない」とは、福田首相に呼びつけられ法人事業税3,000億円の召し上げを承諾させられた顛末を説明する石原都知事の記者会見での発言である。威勢のよい日頃の政府への対抗姿勢をあっさり覆すはめになった照れ隠しのために諺「泣く子と地頭には勝てない」がちゃっかり拝借された。ところで、ISO審査員にも、泣く子と地頭以上にどうすることもできない存在がある。日本でISO9001審査員に資格証を発行する権限を独占するマネジメントシステム審査員評価登録センター(JRCA)である。
 
   JRCAの形式主義と官僚的判断と対応に対する不満や不信は、審査員の世界では先達のJRCA創立時期の体験を始め数々の逸話が語り継がれているが、今や1万人を越えるに至った審査員資格保持者の多くにとって自身の体験となりつつある。JRCAは要員認証機関に関するIEC/ISO規格の制定を理由として審査員資格基準を変更し、審査員資格の毎年の維持と3年毎の更新の手続きにこれを適用することを図っている。この移行手続きでさらに多くの審査員が泣かされている。
 
  JRCA NEWS December 2007号によると、新制度での資格維持、更新の申請に対して、2007年7月を例にして申請245件に対してその51%に申請書類の不備があり、追加資料を要求したということである。この数値を見て世間の人々が、JRCAが審査員を厳格に審査していると安心するのか、はたまた、申請書類もまともに書けない頼りない審査員だと不安になるのか、興味のあるところである。しかし、審査員にとっては、蔓延する苦労話の数値による裏付けであり、これほどの異常な事態になお自らを顧みず、理不尽を押し通すという怪物の正体見たりである。
 
   例えば、申請受理拒否の68%がCPD(継続的専門能力開発)の書類の不備だそうであるが、能力開発が不十分というのでなく書き方がまずいということである。記事は記入に関する注意事項を掲載しているが、具体例として例えば、能力開発の目的の記述として「審査員捕である。第三者審査経験はない。自組織のQMSの効率化を高める」では不合格であり、事務局メンバーとして無駄な仕事が増えたという声がある等の前置きの下に、「私自身も…自社のQMSの効率を高める必要性…を感じていたが、実践に移すだけの知識・技術がなかった。そこで今回、効率化のポイントを知ると共に、それを実践する方法を取得する」と書けば合格だそうだ。また、能力開発で習得した事項の書き方として、「食品関連企業の審査に当たっての、…、…、関連法規制」ではだめで、「講師の説明により、…。また、関連する法令について知識を増やすことができた。特に重要な法令は規格項番に合わせて理解することができたので、今後の審査に活用できる」ならよいのだそうだ。
 
  審査員が資格取得後も継続的に能力開発努力を続けなければならないというのがCPD書類の提出を必要とする理由なのだが、能力開発実績が十分でないという理由で資格維持、更新に失敗した話は聞かない。要するに審査員には、「私は….に欠けるところがあり、これを克服するためには…を勉強する必要があり、…の方法で勉強した結果、…がわかりました。これからもがんばります。」とJRCAにご報告する従順さが必要なのである。審査員を高校生程度とみなし駄々をこねて泣く子に目くじらを立てても大人気無いが、それが地頭以上の権力で強制されるのではかなわない。
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 58競争を加速する非JAB系審査登録機関の進出−ISO業界よもやま話
<登録件数推移と認証機関数>
   ISO9001,14001の登録件数が伸び悩みの様相を示して数年になる。JAB統計でISO9001の新規登録は遂に今年1/4期からマイナスとなり、総登録件数が減少し出した。ISO14001も直近の3/4期の総登録件数の増加率は0.7%にまで下がった。審査登録機関(今後は“認証機関”と呼ぶ)の業績も影響を受け、淘汰が始まっている。例えば、JAB認定の認証機関は今月初めでISO9001が52機関、ISO14001が44機関であるが、認定番号にはそれぞれ11件、6件の欠落があるから、この分だけ廃業や合併でなくなったと想像される。しかしこの情勢の中で、海外の認定機関の認定を受けただけでJAB認定を受けずに活動する認証機関が増加している。筆者の調査では、ISO9001で21機関、ISO14001でも21機関もある。登録件数も概算推定で6,500件、1,500件もあり、JAB統計の43,000件、21,000件のそれぞれ15%と7%に相当する。これら認証機関の多くの活動開始が近年であることも踏まえると、日本の登録件数がJAB統計ほどには衰えていないこと、また、それでも飽和しつつある市場にJAB統計の1.5倍もの多数の認証機関がしのぎを削って既存登録を含めて登録組織を奪い合う状況であることが推察できる。
   
<適合性評価事業の特質>
  適合性評価という事業は元々競争の余地が小さい。製品たる登録証は規格適合の証明であるから、どの認証機関が発行する登録証も価値は同じである。その上に認証機関の活動に関する国際的基準があり、通常各国にある認定機関、日本ではJAB(日本適合性認定協会)、が認証機関の登録証発行活動と登録証の価値を一定のものとする枠組みが確立している。更に、各国の認定機関はIAFなる団体を結成し、その下での多国間相互承認協定により登録証の価値の世界的整合が図られている。製品の価値に差をつけようがないのである。
 
<非JAB系認証機関の活動の特徴>
   非JABの認証機関はほとんどが外資系で母国の認定機関の認定を受けている。ほぼ一様にその国際的活動と実績を強調し、日本企業の輸出先で認定を受けていることを強調するものもある。しかしこれは国内だけの企業に対しては逆に弱みとなる。一方、日本独特の規格解釈や認証制度理解に関しては、筆者の経験で判断する限りはJAB傘下の認証機関と変わることはない。審査がJAB枠組みの下の日本人審査員によって行われるから当然であり、従って登録証の信頼性という点でも非JAB認証機関に格別の競争力がある訳ではない。競争力があるとすれば、受審組織を顧客とみなす政策にあるようで、例えばJABが事実上禁じている予備審査も行っている。この線上かどうか、低価格を堂々と掲げる認証機関も少なくない。実際に筆者も驚く価格水準を一度ばかりか体験させられた。
   
<価格競争>
   差別化が困難な認証事業界では、市場が狭まり顧客の奪い合いになると価格勝負が一番手っとり早い。米国では既に価格競争に陥り、IAF枠組みの認定を受けない認証機関や、認定機関の認定を偽装する認証機関まで出ており、格安料金を売物とする認証機関による安易な登録証発行など、混乱する状況が各種情報に垣間見られる。登録証の取得と維持が組織の唯一の関心事であることが大半である日本の状況では、安価で手間を要せずに発行される登録証は殊更、魅力的である。非JAB認証機関の筆頭のM社は「審査費用の低廉化、顧客の納得の審査料金」を掲げる一方で、2009年末での業界一のシェア獲得を宣言している。この目論見通りだと全登録の20%強の登録証を発行する認証機関となるから、その価格政策が認証市場全体に強い影響を及ぼすことは必至である。
 
<まとめ>
   登録証の信頼性の議論は、引き続く品質、環境の事故や不祥事に加えて、激化する低料金審査競争の中に埋没し、忘れられることになるかもしれない。一方で、認証機関の激しい競争で登録取得のハードルが下がって、登録取得が小規模組織に拡がり、やがて認証制度は登録証で社長室の壁を飾ることを目的とするものになっていくのかもしれない。登録証への信頼が失墜している今こそ、顧客や利害関係者を裏切らない保証としての登録証を発行できる能力が認証機関の競争力となり得るし、それなら、安売り競争で身を削ることにもならないと思うのだが、どうであろうか。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-58>

 57.  “要求”か“必要”で大違いの規格取組みと成果
                −五度、“要求事項”の問題点を論じる  
<“要求”か“必要”か>
  ISO9001/14001の規定は日本では、“規格の要求”である。 これはJISが規格の標題や規定にあるrequirement を「要求事項」と和訳したことに関係していると思われるから、この解釈は英語圏ではあり得ない。なぜなら、requirement は、必要条件、必要事項の意味であり、ISO9000の定義でも「ニーズ又は期待」である。即ち、規定は “要求”ではなく“必要”なのである。
 
<“要求”と“必要”で異なる規格取組み>
規格が「・・すること」ということを行うのだから、“必要”でも“要求”だからでも変わりはないとも言えないことはない。しかし現実には、“要求”と“必要”とでは規格取り組みを決定的に異なったものする。これを、同一事項にもかかわらずISO9001とISO14001とで規定の表現が大きく異なる4つ条項を取り上げて検討したい。
 
(1) 計測機器の管理
  ISO9001(7.6項)では計測器管理の規定はJIS規格書で17行にもわたるほどに詳細だが、ISO14001(4.5.1項)では「校正又は検証された監視及び測定機器が使用され、維持されていることを確実に・・すること」と一言である。“要求”であるからISO9001の登録審査では、校正の基準の計量標準、校正有効期限の標識、保管状態の他、校正不合格の場合の過去の測定結果の評価や処置の実績まで詳細に確認されるが、ISO14001では大抵は校正管理台帳の記録があれば良しとされる。ISO9001の規定は測定値が正当で必要な精度で得るための計測器管理の必要条件を示しているが、ISO14001の測定値はどうでもよいということはない。法令で報告義務がある測定値に係わる計測器が校正で異常と判定された場合に当該測定器を取替えるだけでは虚偽報告の罪に問われることもあり得る。ISO14001ではそこまでは“要求”されていなくとも、それも“必要”なのである。
 
(2) 外注の管理
  業務を外注した場合、供給者の業務実行や組織が受取る製品は必ず組織の必要を満たしていなければならず、或いは、組織の必要や許容範囲を逸脱しては困る。これを確実にするISO9001(7.4項)の規定は、3つの亜条項、JIS規格書18行に及ぶが、ISO14001(4.9項)では「著しい環境側面に関する・・・手順及び要求事項を伝達すること」とこれも一言である。要求の明確化と文書による伝達、受入れ検証、供給者の業務能力の管理などのISO9001の詳細な規定は、供給者に確実に要求を満たさせるためにはこれが必要であるということを示している。ISO9001の登録審査ではこれらの実施を“要求”として詳細に確認されるが、「伝達」が“要求”であるISO14001では供給者への要求の一覧表の確認程度で済まされる。しかし、例えば深刻な公害の原因となる工程を外注した場合、供給者の不始末による法規制違反や発生させた公害に対して社会は組織を免責しないから、実際には“伝達しました”では済まされない。ISO14001ではそこまでは“要求”されていないが、組織はISO9001の規定を参考にして「伝達」したことが確実に順守されるように供給者を管理することが“必要”である。
 
(3) 法令順守
  ISO14001は条項「法的及びその他の要求事項」を設けて(4.3.2項)、組織の製品・サービスと業務に適用される法令を特定し、必要な時に参照できるようにし、それらをどのように適用するかを決定する手順を確立し実行するよう規定し、更に、これらの法令の順守を確実にするための「順守評価」(4.5.2項)とそのトップマネジメントによる確認 (4.6項)を規定している。法令順守の大切さは同じなのにISO9001では「製品要求事項の明確化」(7.2.1項)の中に「製品に関連する法令・規制要求事項を明確にすること」を記述するだけである。登録審査でもISO14001では、関係する法令と条文を記した一覧表を提示させ、抜けがないか、法改正が反映されているか、どのように適用され、実際に順守されているかが確認されるが、ISO9001では品質マニュアルに現在適用されている法令が記述されていればそれ以上は聞かれない。しかし、取組み組織が法令違反をして顧客の離反や行政、刑事罰を被るのを避けたいなら、ISO9001では“要求”されていなくともISO14001並みの手順が“必要”である。
 
< 結論 >
  規格の規定requirementを“要求”と受けとめるか“必要”と受けとめるかで、規格の解釈が本質的に異なり、規格取組みとその成果に決定的な相違をもたらす。“要求”と受けとめ、規格の文面を追うだけの規格解釈で、書かれてあることだけ行うという規格取組みでも、登録証を得ることはできる。“必要”と受けとめ、規格の規定の意図や趣旨を斟酌する規格解釈で、書かれてなかろうが必要なことを行うという規格取組みでは、規格の狙いである顧客満足の向上ないし地球環境保全責任の全うを実現し、事業を発展させることができる。ISO9001,14001に限らずISOマネジメントシステム規格はいずれも、組織がそれぞれの観点で不祥事を出さず、顧客や利害関係者のニーズと期待に応えるための当該分野の世界最新の論理を示すものである。日本ではISOマネジメントシステム規格についての社会の不信に加えて、少なからずの組織がその効用に疑問を抱いている。しかし、これは規格の性格と目的への無理解から規格解釈を誤り、誤った規格取組みをしているからであって、規格の論理が誤っているからではない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-57>

 56. (完) 登録取得組織も事故、不祥事を引起こす理由
              −組織の業務能力醸成が最後の難関
<登録取得組織の事故、不祥事発生の理由>
  日本でISO9001,14001登録取得組織の事故や不祥事が相次ぎ起きるのは、 誤った規格解釈、規格取組みを背景とし、誤った登録制度統制が根本原因であり、誤った登録審査基準の適用が直接原因である。それなら、これらがすべて改められれば、事故、不祥事が起きなくなるのであろうか。事はそんなに簡単ではない。
 
<業務の効果的実行>
  規格に則って組織が業務を行えば、製品品質又は環境保全に関して利害関係者のニーズと期待を満すことが出来、逆に、利害関係者の想いを裏切る事故や不祥事は起こさないようにできる。しかし、規格が示すのは業務の在り方であり、規定はrequirement(必要条件)であり、「効果的に、適切に業務を行うこと」と言うだけで、規格が業務を行ってくれるのではない。 業務を効果的に実行する業務能力は組織自身で育み、醸成しなければならない。規格では、この業務能力も「資源」であり、要員には力量がなければならず、ものごとをやり通す意志と責任感につながる「認識」「自覚」をもち、トップマネジメント 初め管理者には職責を全うすることに職を賭す覚悟、つまり、コミットメントが必要だと言っている。装備力や資金も必要であると言っている。これも組織がやらなければならない。特に人的資源に限界がある中小規模企業では容易でない。
 
<事故、不祥事の防止>
  諸業務を効果的に実行しなければ、規格の狙いは達成できず、事故や不祥事を防ぐことはできない。相次ぐ登録取得組織の事故や不祥事よる規格と審査登録制度への信頼低下は、欧米でも関係者の深刻な問題である。この議論の日本との違いは、登録取得組織が事故や不祥事を発生させること自体を問題とし、その原因を登録審査での組織の業務能力の評価、或いは、業務の効果的実行の判断の不適切さに置いていることである。正に業務能力の不足が事故や不祥事の原因なのである。
 
  組織は規格に則って業務を行い、登録証を維持するのには相当な資源を投入している。これは一般に業務の効果的実行に十分な資源とは言えない。しかし、この資源ないし業務能力を事故や不祥事防止に集中投入する、すなわち、事故や不祥事の発生の阻止に焦点を当てて品質又は環境マネジメントシステムの諸業務を行うべきである。事故や不祥事の発生は組織の経営を危険に晒らすから、その防止は組織の最重要事である。但し、今日のJAB統制下の審査登録の論理との相当の軋轢を覚悟することが必要ではある。
 
<結論>
  登録取得組織が事故や不祥事を引き起こす原因と背景を改めても直ちには事故や不祥事がなくならない。規格に則って業務を効果的に行えば事故や不祥事を防止できるが、効果的に業務を行うことができるかどうかは、組織の業務能力の如何によるからである。登録証を取得すれば事故や不祥事を効果的に防止できるとの期待は、登録証はそんな意味で発行していないとの審査登録業界の見解と同じ程度に不適切である。
 
<総合結論>
  ISO9001,14001の目的には、組織が事故や不祥事を発生させて経営破綻に追い込まれることを防ぐことが含まれ、規格にはその発生防止を図る要件が適切に規定されている。また、このような組織の能力と実態を保証することも審査登録制度の目的であり、IAFの定める登録審査基準では事故や不祥事の発生が懸念される組織の業務状況に対しては登録証は発行できない。しかし、規格は、事故や不祥事の発生防止を含む最新の効果的な経営管理の在り方の世界標準を示す情報媒体であり、規格を学ぶことと規格の教えを実行することとは別問題である。組織が規格の示す要求事項を効果的に実行する業務能力を育み、確保することは容易ではない。事故や不祥事を発生させないための最後の難関は、組織の業務能力である。
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 55. (続々) 登録取得組織が不祥事を起こす理由
                     −誤った登録審査基準の適用
    日本では ISO9001,14001登録取得組織の事故や不祥事報道を契機に、審査登録機関は「認証・審査の有効性の向上」や「社会財として真に社会に必要とされる方向性を探る」を掲げるが、事故や不祥事の発生防止と登録証との関係は従来通り否定している。
 
  登録審査は適合性評価の一種で、 マネジメントシステムを「ある規格、規制又は仕様に対して評価すること」であり、この評価活動が審査である。審査では監査証拠を評価して当該の「監査基準が満たされている程度を判定」し、適合か不適合かの監査所見及びそれらを総合しての監査目的に対する適否の監査結論が出される。登録証発行可否の監査結論の合否判定基準は、JABも一員の国際的枠組みIAFが指針として定め、JABも審査登録機関認定の基準に採用している。
 
   これによると「1つ以上の要件(要求事項)を欠き、又は、実施、維持されていない*」状況、又は、「組織が供給する品質」ないし「組織の方針、目標を達成するEMSの能力」に「深刻な疑念が惹起される」状況は不適合と見做される。規格の品質、環境マネジメントシステムは、事業継続にどのような顧客満足の製品或いはどのような環境改善が必要かを品質、環境方針に明確にし、その実現を図る業務体系である。方針は一般には改善に関するが、事故や不祥事のような事業継続に悪影響を及ぼす問題は起こさないことを暗に含む。IAF指針の趣旨は、不適合とは個々の業務に問題があるか否かではなく、システムとして問題があるかどうかであり、システム不全がもたらす品質又は環境方針に背く意図しない事態、例えば、事故や不祥事、が生じる深刻な疑念があれば登録証は発行しないということである。
 
  海外でも登録組織の品質事故による登録証の信頼低下が問題視されてきた。しかし、今日の議論は、IAF枠組み外のいわゆる非認定審査登録機関による安価、安易な登録証発行、及び、未熟な審査員による安易な監査結論を問題視するものであり、ISO9001の登録証は「組織が良い品質の製品、サービスを提供することの証明」というような考え方が基本となっている。また、登録否定の条件としてのシステム不全の概念や システム不全が疑われる状況について、例えばISO、米国の審査登録機関の団体IAAR、欧州認定機関協力機構が見解を発表している。このように海外では、IAF指針の則った登録証と事故や不祥事の発生との関係の論理が確立し審査が行われている。それでも事故や不祥事が発生している。
 
  日本では登録証は「不祥事が発生した場合でも根本原因究明から再発防止が確実に行われるということの保証」に過ぎず、事故や不祥事の発生防止は審査の目的にはない。この考えのIAF指針との整合性については説明がないのであるが、説明できずにこの考えで登録証が発行されているのなら誤った登録審査基準が適用されていると言わざるを得ない。そしてこれが、登録取得組織も事故や不祥事を引起こす直接的原因である。
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 54. (続) 登録取得組織が不祥事を起こす理由 −誤った登録制度統制
   ISO9001,14001登録取得組織の品質、環境の事故や不祥事の発生に対して、審査登録制度を司る日本適合性認定協会(JAB)は問題意識は持っても、発生に対する責任を完全否定している。このJABの主張は果たして、規格とその適合性評価制度の国際的枠組みに照らして正当なものかどうかを、ISO9001を例に検証したい。
 
  品質保証規格と二者監査の始まりは1959年制定の米国の軍事規格MIL-Q-9858と言われるが、やがて1970年代、欧州諸国では顧客企業が独自に品質保証活動の規範を定めて供給者に順守を求める二者監査が拡がり、各国ではこれの統一のために品質保証規格がそれぞれに制定された。これら品質保証規格の中身は供給者がこれを順守すれば不良品が納入されないと顧客企業が考える供給者の業務方法を定めたものであり、顧客企業は供給者が規格を順守することを物品購入の条件とし、これを監査で確認して供給者を選定し、以降も業務遂行を監視した。
 
  1982年、英国政府は企業の品質競争力の向上の手段としてこのような性格の品質保証規格のひとつBS5750の適用を企業に求めた。同時に規格への適合を確認し、当該企業が不良品を出さないという業務能力を有することを未知の顧客に保証する第三者監査制度を推進した。国際貿易促進の観点から1987年に国際規格化されたISO9001シリーズ規格は、契約当事者間の二者監査への適用が主眼であったが、1989年のISO適合性評価委員会年次総会の決議によるISOマネジメントシステム規格の審査登録制度の国際的枠組みの確立を経て、1994年改訂で第三者監査への適用が明確にされた。
 
   MIL-Q-9858に遡る不良品の出荷防止に関する考え方と手法は、欧州各国規格、BS5750からISO9001の各版へと追加、強化されてきたが、2000年版は1980年代の成功企業の体験を反映した現時点における最も効果的な品質保証マネジメントの規範であると考えられている。このISO9001の審査登録制度の国際的枠組みは、知らない企業同士の取引において組織が「必要な品質の製品を供給できる」という「安心感」を顧客に提供することが狙いである。登録証は国際的 サプライチェーンの中で「組織が異なる国に存在する供給者を選択する」指標として使用されるものであるが、そのような指標たり得るのはこの安心感の故である。従ってこの安心感とは、顧客がこんな不良品を受取らされるのなら取引したくないと考える水準や程度、種類或いは頻度の不良品は出荷されることはないという安心感であると言える。
   
   一般に、事故や不祥事と言われるのは、“組織”たる企業の製品品質又は品質関連業務に関して顧客ないし消費者が強い不安や不満を抱く事柄の曝露であり、過去の多くの事例では実際に顧客離れが起きている。取引開始の段階でこのようなことが予測できれば、顧客はそのような企業や製品を選定しなかったはずである。顧客は普通、不良品絶無は期待しないまでも、著しい品質不良なかんずく新聞種になるような品質事故や不祥事の発生の恐れのないことは期待して企業や製品を選択している。この顧客の淡い、しかし、切実な期待を正当な安心感までに高めるのがISO9001と審査登録制度の本来の趣旨である。
 
  JABは、審査登録は不祥事発生のないことの保証ではなく、不祥事を発生させた組織に再発防止処置をとらせることが審査登録の趣旨であるという立場である。この程度の安心感で顧客が初めての取引、とりわけ国際取引の決断をするとJABが考えているとは思えないが、その主張が国際的枠組みの意図する「安心感」との関連で語られ、正当であることが説明されることはない。これに関連するISO9001は“顧客の要求”であり、審査登録制度は“社会制度”であるとするJABの説明も、それなら顧客が何のために要求しているのか、社会を何から守るのかの説明を欠き、そもそも、このような考えが規格と審査登録制度の国際的枠組みの論理のどこから出てくるのかの説明もない。業界権威層の論理性を欠く説明を何事も鵜呑みにし、自在の断片的論理の権威主義で以てJABが司る国際合意に悖る誤った審査登録制度統制が、登録取得組織も事故や不祥事を発生させる根本原因である。
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 53. 登録取得組織が不祥事を起こす理由 −誤った規格解釈と規格取組み
<続発する事故、不祥事>
   ISO9001/14001の登録取得組織が品質或いは環境に係わる事故や不祥事を引き起こして、規格や審査登録制度への社会の不信が高まっている。そのような組織にも規格適合性の登録証が発行されるなら、規格や審査登録制度とは何なのかというのが、社会の正直な疑問である。なぜなのか考えてみる。
   
<規格制定の目的>
   ISO9001などの品質マネジメントシステム規格は、品質で遅れをとり競争力を失った欧州諸国が日本製品と同じような良い品質の製品をつくるための企業の業務指針として作成された。一方、ISO14001は持続的発展の原理の下で事業組織の地球環境に対するふさわしい責任の果たし方の指針である。どの組織も顧客に製品を買ってもらうことで成り立っており、事業遂行には顧客はじめ、消費者、市場や地域社会、一般社会、金融機関、投資家、法律(官公庁)など広い利害関係者の支持が必要である。組織が事業を維持、発展をさせたいなら、顧客やその他の利害関係者のニーズと期待を満たす製品を提供することが必要であり、ニーズと期待を満たすように事業活動を行うことが必要である。組織がISO9001、ISO14001に則って業務を行えば、組織と製品は顧客やその他の利害関係者に受け入れられ、支持され、顧客等利害関係者からそれぞれの利益を受け取ることができる。逆に、組織が業務で規格の規定を逸脱することは、顧客等利害関係者のニーズと期待を裏切ることを意味し、或いは、裏切る結果を生ずることになり、組織は利害関係者の支持を失う。
 
<規格の事故、不祥事防止能力>
   両規格の規定がこのような現実の効能を有していると考えることができるのはなぜだろうか。ISO9001は品質で成功した世界の企業のマネジメント活動の優れた考えと要素を採入れたものであるとISOは、説明している。 すなわち、1970〜80年代に品質で世界を席捲した日本の輸出産業のマネジメント にも習ったものであり、組織が規格に則って業務を行えば当時の日本企業と同じ成功を納めることが期待できる。また、ISO14001は、国際合意の地球環境責任を果たすための、環境影響削減の方針、目標を適切に設定し、その実現を図る取組みを規定している。そして、このためのマネジメント の諸業務のあり方についてはISO9001の考えと要素を共有している。どちらの規格のその有用性は実績で証明されていると信じてよい。
 
   例えば、耐震性偽装マンションの販売事件(H17.11)では、ISO9001が規定する建築基準法の確実な適用(7.2.1 c))と適用されたことの確認(7.5.2, 8.2.4)、外注設計士が正しく設計を行うことを確実にする管理と確認(7.4)がどのようになっていたのかであり、賞味期限切れ原料牛乳の使用など不二家のずさんな品質管理の実態曝露事件(H19.1)では、ISO9001は原料牛乳の使用基準の明確化、確認 (8.2.4)の必要、基準はずれの場合にとるべき処置(8.3)、更にはこれらの記録の維持(4.2.4)を規定しており、管理者が責任及び権限を完遂(5.5.1)しておれば起き得ない事態である。JFEスチール、神戸製鋼、日本製紙の環境測定データ捏造事件(H17.2,5, H19.7)に関しては、ISO14001は法令など規制に関して遵守状況を責任者が定期的に評価し (4.5.2)、トップマネジメント がこれを確認すること (4.6 a))になっており、他社の経営の意に反する 改ざん事例が自社で起きないようにする予防処置(4.5.3)の手順を規定している。パロマ工業鰍フ湯沸器による死亡事故多発が発覚した事件(H19.1)では、子会社たる販売会社を顧客とし、且つ、修理保全サービスを適用除外とするなど、ISO9001の意図を逸脱した取組みしかしていない。
 
<事故、不祥事の発生の理由>
  上記の不祥事の例でもわかるように、規格は品質事故、環境事故或いは不祥事を起こさないような管理を的確に規定している。不祥事が発生したのは、これらの組織が規格の規定に則って業務を行ってこなかったからである。日本では、規格の規定を“要求事項”と呼び、その「〜すること」と記述されている事項は“規格の要求”である。組織は審査で不適合だと言われないように“要求”を満たすことを考え、そのように“要求”を満たすよう業務を行う。何のための「〜すること」かを考えない。これが登録取得組織が事故又は不祥事を起こす理由である。
 
   組織が成長、繁栄を望むなら、「〜すること」を審査員の顔色で判断するのなく、これで事故や不祥事を起こさないで済むかどうかで業務のあり方を決めなければならない。出来るか出来ないかとか、大変だとかいう問題ではない。なぜなら、事故や不祥事を起こした組織は、イメージの失墜、生産縮小、競合組織の傘下入り、破産等の重いツケを支払わされるのである。
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 52. 混迷を深めるか審査登録制度−審査のあり方に関するJAB新見解
    JAB(日本適合性認定協会)は4/13、ウェブサイトに「マネジメントシステムに係わる認証審査のあり方」という声明を発表した。これは審査登録機関認定の基準が、ISO/IEC Guideから 新規格ISO/IEC17021に変わることに伴うJAB認定基準の改訂作業に係わる見解の表明である。声明は不祥事で揺れる制度への信頼回復を旗印にしており、反対意見を封じ籠めて今後のJABによる審査登録機関の統制に新見解を押しつける意図が汲み取れる。
 
  声明を斟酌すると登録制度に対するJABの問題意識は、各種のISOマネジメントシステム規格のシステムが“有効に機能していない”が、それは各システムが組織の“本来業務(ビジネス)”と異なる別々の仕組みとして構築、運用されていることに原因があるということのようだ。そして、規格要求事項にばかりに囚われ、また、各審査員の専門知識に深入りした登録審査がこれを助長してきたと見ている。よって、現状を改めるためには登録審査を“ビジネス全体の視点からの審査”とし、“マネジメントシステムの有効性の審査”としなければならないというのが結論である。
 
  一方で声明は、“有効性の審査”の必要の根拠を新規格の序文の記述に置き、「認証はマネジメントシステムが『a)規定要求事項へ適合している、b)方針、目標を達成できる、c)有効に実施されている』ことを実証するものである」という記述を引用している。しかし、これが“有効性の審査”であるというなら、これまでも“有効性の審査”であった。第一に、ISO9001,14001両規格とも“一般要求事項”として「マネジメントシステムを確立、文書化、実施、維持、及び、有効性を継続的に改善すること」と規定し、これを含むすべての要求事項に関する審査の結果が登録証である。それに、JAB認定基準(R300:G.2.1.2)も登録の条件を「組織が品質マネジメントシステムを効果的に実施かつ維持していることを実証するものでなければならない」と明確に規定しているのである。制度への信頼性の本当の問題は“有効性の審査”であるかどうかでなく、“登録証の有効性”を社会が“事故、不祥事を起こさない”ことと期待するのに対して、JABの率いる業界が“事故、不祥事の場合に再発防止処置をとる”ことだとしていることなのである。知ってか知らずかJABの声明はこの本質問題を棚上げしたまま、加えて、声明の“有効性の審査”がこれまでの審査とどのように違うのかも説明しないで、信頼回復のためにこれからは“有効性の審査”だと言っている。これでは信頼回復が図れるとは到底思えない。
 
  声明は“品質の推移”や“環境パフォーマンスの変化”を審査しなければならないとし、“ビジネスの流れに沿った審査”“プロセスアプローチ的審査”“付加価値のある認証サービス”“規定要求事項への適否確認に終わらない審査”の必要をも唱えている。これらに関しても、例えばパフォーマンスの向上がどの程度以下なら不適合とするのかなど、審査にこれら見解を適用するのに必要な説明はない。また、製品や環境パフォーマンスの改善は規格の「要求」ではない、審査で確認する要求事項に抜けがあってはならない、コンサルティングと見做される審査の指摘は厳禁というようなこれまでのJABの統制を変更するのかどうかについても触れていない。
 
  このようにJABの新見解は論理性に乏しく、制度の信頼回復の道筋も見えない。内容は抽象的で判断基準が示されていないから、新見解の運用はすべてJABの胸先三寸ということになる。審査登録機関はJABの意向をあれこれに慮り、審査へのあれこれの形式を審査員に求め、審査員はこれを確認するあれこれの証拠の提示を求めるから、受審組織にはあれこれと余計な形式的な業務がまた増える。JABの業界支配力の強まりと裏腹に組織の困惑と悲鳴が大きくなり、不祥事は続き登録証への信頼の低下は止まらない。ISOマネジメントシステム規格の審査登録制度のこんな明日は見たくない。
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 51. 不二家再建の道筋狂わすISO9001登録停止の決定
        −時事問題でISOを考える(番外編-3)
   5/2の新聞各紙は、洋菓子大手の不二家がその菓子3工場などに対するISO9001登録の一時停止措置を受けたことを報じている。1月の“ずさんな品質管理”の実態の発覚後の臨時審査で指摘された8件の不適合に対する是正処置の5件を審査登録機関SGSジャパンが不十分と結論づけたとのことである。実際には既に登録は停止状態にあるから、その解除とならなかったということであろう。これはJAB認定の基準に準じた所定の手続きに従ったもので、現行の審査登録制度の枠組みでは正当なのであろう。
 
  これによりISO9001再登録を条件にしていた大手小売り数社は取引再開を見送り、不二家は当てにしていた再建の道筋を狂わされた。SGS社もこの情勢を知っていたはずだから、決定はISO審査が情実に流されない、公正なものであることを社会に示したとも言え、また、登録証を裏切った組織にはちゃんと制裁を加え、実効ある再発防止対策をあくまで追求する姿を見せたとも言える。SGS社や業界にはこの決定が審査登録制度への社会の信頼回復に与ればとの想いがあるのかもしれない。しかし、社会が審査登録に不信を抱いたのは、社会制度であるなら品質事故や不祥事を出さないよう企業を監視すると期待していたのに、不祥事が発生したからである。不二家に裏切られた感情はあっても、だからと言って社会が今の不二家に登録停止の制裁を加えることを望んでいるとは思えない。消費者や小売り各社の期待は、再審査が購入又は販売の再開に必要な安心の保証をもたらすことではなかったのだろうか。
 
   また、登録証は組織にとって、品質関連業務がISO9001規格の要件を満たして実行されており、出荷する製品の品質に安心感をもってよいということについての第三者による客観的な裏付けである。半年前の審査で裏付けを得たのに、不祥事の報道が出た途端に数々の不適合指摘が出され是正した上でなお登録が拒否されたことに対して 組織に困惑があっても直ちにはおかしいと言い切れない。然るにSGS社は経緯を顧みた形跡なしに、再登録に藁にもすがる思いの組織に対して大向こうを意識した登録停止処分を、しかも問題発覚後3ケ月にして、言い渡した。これが業界の日頃標榜する“経営に役立つ審査”なのだろうか。
 
  多くの小売り各社が販売を再開している状況の中でのこの度の決定は、買っている消費者に不二家製品の品質は安心できないという警告になることも意識されていないようだ。関係者の間で利害の対立する影響の大きい微妙な決定には、審査の経緯や結論に関しての説明があってもよい。しかし、一時停止については「公表する必要はない」とのJABの基準のまま、SGS社は口をつぐんでいる。
 
  この度のSGS社の決定は、審査登録機関の論理や制度の基準を満たしていても、組織と社会の利益に資するのが目的の審査登録制度の趣旨に適うものとは思えない。不二家の再建の道筋を狂わし、社会の販売再開の期待に冷水を浴びせ、既に購入を再開した消費者には品質不安を匂わした。再開された販売は続けられるから、これは逆の意味での審査登録制度への露骨な不信表明である。再審査の一連の経過は審査登録機関の論理に忠実であったが故に、社会の審査登録制度への信頼を回復するのでなく、信用を失う方向に作用したように思える。
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 50. ISOコンサルタント登録事業打切り  −規格協会、やはり自分のためだった?
   日本規格協会は、公益を謳い“標準化団体の責務”だとして始めたISOコンサルタント登録事業をわずか1年半しか経たない3月末に打切った。筆者は、ISO9001規格登録制度の機能不全の現状への対応を理由にしたこの事業の開始に反対した。それは、機能不全の原因が一握りの指導層がすべてを決めて関係者をこれに従属させる権威主義とこれを実践する統制の仕組みにあり、この事業はコンサルタントに管理の網を被せ、同時に管理機関が事業益を得るというお決まりの統制構図に合致するもので、機能不全の更なる進行に繋がると考えたからである。
 
   規格協会は打切りの直接理由として、コンサルタントの登録も組織の利用も少なくて、「事業継続に必要な資源が社会への貢献度に見合わない」と判断したことを挙げている。つまり、儲からないからやめるとのことである。同協会の“公益を担う責務”を考えると無責任な、あり得ない所行であるから、やはり、機関益が目的で、公益や責務は口実に過ぎなかったと考えざるを得ない。
 
   さて同協会は、登録コンサルタントを集めて合計4回の研修会を開催した。これは、能力あるコンサルタントの提供という事業目的の推進のために、既に組織に紹介するに足る能力があると認定した登録コンサルタントにも更なる能力向上を求める機会であるのであろう。しかし、研修会のテーマは、「役に立つ内部監査」とか「組織の違法行為防止」という通俗的話題と幾つかの規格条項の解釈である。これは業界指導層の思惑に沿うテーマであっても、コンサルティング能力とは全く関係がない。しかも、いずれの研修会もグループ討議と発表という形式であるが、業界著名人が“メンター”として討議と結果を指導し講評し結論をまとめている。自立して職業を営むコンサルタントの更なる能力開発は、拠って立つ専門知識について先生のお説を拝聴し、導かれて、学習することなのである。業界指導層の認識では、“一定の基準を満たすコンサルタント”とはこの程度の人間であり、業界ではこのように従属的な何事にも無批判な人間が期待されているということである。
 
   因みに審査員についても例えば、毎年の資格維持手続きにおいて“専門能力の継続的開発”の実績報告を求められるが、これには自身の強みと弱みを明確にし、何を目的に何を習得したかを500〜1000字にまとめた文書を提出しなければならない。まるで高校生の夏休みの自習のレポートであり、審査員も子供扱いである。日本のISOマネジメントシステムの適合性評価制度では、この程度のコンサルタントが組織を指導し、この程度の審査員が審査しているのである。
 
   事業打切りの発表で、「社会的要請は強くないと判断せざるを得ない」と言い訳けしているが、もともと社会が要請したものではなく、自身が社会のために必要と理屈をつけて始めた事業である。理由の説明が変転するなど作られた必要性に立ち、紹介するコンサルタントの業務能力の何を保証するのかも説明できない事業がうまくいかなかったのは不思議でない。しかし、事業の失敗がこのような正当な理由ではなく、管理されることに慣れて強制されないことへの関心を持てない多数の個人のコンサルタントによる無意識の無視が主因であるとすれば、業界の問題の風土の改善の端緒にもならない。ともあれ、この騒動は、業界の権威的風土とその中でプロの個人が制度の枠組みで子供扱いされているという事実を社会に垣間見せるという思わぬ“社会的貢献”を演出した。
このページの先頭へ H19.4.12(修 4.13)

 49. ISO登録証の有効性への疑念報道 −不二家品質不祥事
   不二家洋菓子工場の期限切れ原料使用の問題は、全社的なずさんな品質管理を浮き彫りにするまでに発展し、経産相が同社取得のISO9001に関する疑念をJAB(日本適合性認定協会)にぶつけたと報じられるに至った。不祥事報道はこれまでも少なくないが、登録取得との関係に直接言及されたのはほぼ初めてであり、それだけに業界の危機感は強く、対応も迅速である。
 
  まず、JABは声明を発表し、不祥事の報道があった場合の審査登録機関とJABのとるべき制度上の対応処置を説明し、当該審査登録機関のSGSジャパンもこの手続きを実行中と発表した。JACB(審査登録機関協議会)も会員機関に向けて、「不祥事が起こった際の適切な対応も審査機関の社会に対する重要な義務である」とし、各機関が認証・審査の有効性の向上に主体的に取り組むことを求める声明を発表した。
 
  JAB声明は、民間の制度であるので国の指示を受ける謂われはなく、不二家の再審査など言われなくともやっているというもので、JACB声明は「ISO認証の有効性及びISO認証制度の信頼性が問われている」との認識を示して少しはまじめだが、制度上の対応処置の実行以上の内容はない。しかし、報じられる経産相の要請が実際にあったとすれば、監督官庁の立場からではなく、ISO9001登録組織がなぜ品質不祥事を起こすのかという一般消費者の率直な困惑や疑問を代表したものであろう。
 
  そもそも、ISO9001は品質保証の国際標準であり、「品質保証能力を実証する場合」に適用するのだとJIS解説は説明している。そしてJABは、審査登録機関認定基準において「組織が供給している製品の品質に重大な疑いを生ずる状況」を「不適合」とすべきことを規定している。登録証は審査で当該組織の「製品の品質に重大な疑い」がないと判断された結果であり、登録証のJABマークはそのような審査と判断基準で登録証が発行されているとのJABの判断て証拠である。これが審査登録制度の論理であるなら、経産相の疑念と要請は理に適っている。不祥事の露顕に際しては、なぜ「疑いがない」と判断したのかという審査の判断の適切性の検証がJABや審査登録機関の最初の対応でなければならない。
 
  しかし、日本の登録制度では、品質保証の規格ISO9001への適合と品質保証能力の実態とは無関係という理屈である。審査登録は「製品認証の概念とは異なり、マネジメントシステム審査登録は改善することに意味がある」というJABの解釈の下に行われている。登録証は品質不祥事が起きない保証ではない。これが、どの声明も経産相要請の背景に応えず又は気づかない振りをしている理由である。それでいて各声明は社会に審査登録制度の信頼性向上に対する理解と支援を求める文章で締めくくられている。つまり、不祥事も出るのが登録制度だと言いながら、登録制度を信頼して欲しいと言っているのだ。
 
  日本では、ISO9001規格導入の狙いの通りに機能していると評価する組織はJAB調査でも50%強に過ぎない。しかし先年、これと無関係な「負のダウンスパイラル」と称する別の機能不全が持ち出され、審査機関の安易な審査とコンサルタントの能力不足が原因としてJABは管理を強めてきた。同時進行形で、登録制度は社会制度であるとか、審査機関の顧客は受審組織ではないとの主張が現れ、今や業界常識となった。登録制度は組織の悪行の監視、組織の顧客の保護が目的であって、組織には直接役立たないものだと言っている。しかし、今度はその顧客からあからさまに機能不全を指摘されるに至った。
 
  この度のISO9001登録証への疑念報道への対応は、何事につけ論理不在の業界らしい。この業界体質の背景には、規格と登録制度の理解や解釈において一握りの指導層が天啓的判断を下す権威主義とそれを鵜呑みにする無責任主義がある。ISO9001と登録制度を機能させるには、関係者が自分の頭で考えてすべてを本来の姿に戻すしかないように思えるのだが。
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 48.  ISO専門誌“アイソムズ”休刊宣言 −業界広報誌への読者の反乱?
<“アイソムズ”休刊宣言>
   ISOマネジメントシステム規格専門の月刊雑誌“アイソムズ”がこの12月号をもって休刊することが明らかになった。理由の説明はないが、情報伝達手段としてのインターネットの発展に触れたウェブサイトの休刊の弁から、読者数の減少が主因であることがうかがわれる。筆者は、この雑誌の発行元であるISO研修機関の研修を受けて審査員資格を得て以来、同誌の読者であり、2002年には投稿論文がその5,6月号を飾ったこともある。筆者の目には、日本の主要ISO専門誌3誌の中では質、格調の観点で最も優れたものに写っていた。しかしながら、実は今年の3月で6年間続けた定期購読を打ち切った。理由は同誌の記事に読むべきものがなくなって久しくなったからである。打切りの通知に永年の読者としてのお礼の言葉を添えたが、なしのつぶてであったことが気になっていた。その1年も経たない休刊宣言だから、既に当時読者離れが深刻化していたものと推定される。筆者は随分我慢強い読者であったということである。
   
<ISO専門誌の実態>
  “アイソムズ”に限らず、"ISOマネジメント"や"月間アイソス"など日本のISO専門誌には、ジャーナリズムとしての主張が希薄である。内容は一般に、規格解釈や規格の適用或いは規格作成動向など関連する事項に関するインタビューか解説や説明の記事と組織の規格適用体験の発表記事の2種類が中心である。前者で採り上げられるのは決まって、業界指導層かそれにつながる著名層及び審査機関の責任者や”ベテラン”審査員の見解であり、内容はどれも業界権威につながる金太郎飴の切り口を思わせる同一かつ同質振りである。記事は普通、これをひたすらありがたく拝聴する形でまとめられている。後者は例外なく、首尾よく実行したことを指導教官に褒めて貰うための生徒の発表の如くの文面で、組織のシステム構築や運用に関する成功体験の報告という業界権威に忠実な内容である。
   
   記事には問題提起や現状批判の視点は存在せず、今や常識となったISO取組みの問題ある実態に切込むこともなく、国外に目を転じることもない。特集や連載記事となる時代を反映した時々の話題やテーマ も業界指導層の受け売りであり、業界利益を代表する人々の見解を無批判に伝えるだけである。日本のISO取組みには、ISOへの日本代表を務める層を頂点として、それにつながる指導層とJABやその支配下の審査登録機関、研修機関、審査員が登録組織の上に君臨するという業界秩序が確立しているが、ジャーナリズムもこの中に身も心もどっぷりと浸かって、業界広報機関誌に成り下がっているかの状況である。
   
<読者の関心の変化>
   日本でISO取組みが始まって15年も経って、ISOマネジメントシステムとはどんなものかという初歩的な興味から、規格適用の効用への深まる疑問や登録組織の相次ぐ不祥事或いはこれらへのJABや審査機関の対応など自らのISO取組みに資し、疑問に応える情報へと読者の関心は大きく変化している。読者が体験し見聞きする現実に目を塞ぎ、相変わらず業界権威の意向と業界利益を擁護する情報しか報じないISO専門誌から読者が離れていくのは当然である。
 
<空疎なISO9001取組み>
   顧客に依存する組織は、顧客のニーズと期待を満たすことではじめて、その事業を継続させ発展させることが可能となる(ISO9000 2.1)。組織は製品に関する顧客満足度を監視、測定し(ISO9001 8.2.1)、分析して(同 8.4 a) )、変化する顧客のニーズと期待を把握し、これに対応するよう製品を改善しなければならない(5.6.3 b))。 これを、ISO9001の啓蒙を事業とする“アイソムズ”発行組織が知らず、また、実行を怠ったとは考えられない。しかし日本では、JIS規格付属解説のように、顧客要求を辛うじて達成すれば顧客満足となる(3.2 e)とし、製品の改善は必ずしも必要でない(4 p))とされている。このような解釈に沿う見解を記事にしてきた雑誌の発行元が、そのような品質マネジメントを行い、その結末が雑誌の休刊宣言だとすると、日本の問題あるISO取組みを身をもって証明したことになる。
このページの先頭へ H18.12.15(修: H19.1.11)

 47. ISO14001と環境配慮投資、融資 −価値のない登録証 
<ISO14001環境マネジメントシステム>
   ISO14001は、組織が活動及び製品・サービスに付随する環境影響を管理し、継続的に改善する環境マネジメントの業務体系の枠組みを提供する。その狙いは“持続的発展”の理念に沿って組織の発展と環境の保全とを両立させることにある。つまり組織は、その環境影響を把握し、適用される環境法その他の規制を遵守すると共に、組織の環境影響を受け或いは関心を有する人々(利害関係者)のニーズと期待に応え、且つ、技術上、財務上で実行可能な精一杯の環境改善を着実に、継続的に行う。
 
<環境責任>
   ISO14001規格制定のきっかけは、“持続的発展”を共通の理念に掲げ、世界の環境取組みを方向づけ、枠組みを定めた1992年の地球サミットである。ここでの産業界の環境取組みの誓約を検討するための会議“BCSD”が開催され、「組織の確実で一貫した環境改善努力を評価する普遍的な指標がない」という問題意識が明確にされた*1。ISO14001はこれへの応えであり、組織が規格に則って環境マネジメントを行えば、地球環境に対する環境責任を果たすことになる。
 
<審査登録制度の狙い>
   審査登録制度は、組織の環境マネジメントがISO14001の要求事項に則って実行されていることを判定し、組織が国際標準の環境責任を果たしていることを登録証の発行により、広く利害関係者に証明するためにある。利害関係者は現実には組織から直接、間接に環境影響を被ってはいるが、登録証によって組織の現状と環境取組みが国際標準の環境責任を満たすものであるとして了承し、組織と製品を受入れ、安心して組織の活動を支援する。組織は利害関係者からの信頼を得て、競争優位の確保、社会との良好な関係の維持の他、投資家の基準を満たし資金調達を改善でき、妥当なコストで保険がかけられ、許認可の取得が容易になる、というような実務上の利益を期待することできる*2。
 
<環境配慮投資、融資>
   ところで、社会的責任投資、環境配慮型融資というような組織の地球環境保全取組みに着目した投資や融資の仕組みが世界で拡がっている。企業の社会的責任という概念は1980年頃に始まるが、今日の環境配慮投資や融資の拡がりが世界の環境取組みの枠組みを定めた地球サミットの決議“アジェンダ21”に加速されたものであることは間違いない。これらの投資、融資では、投資、融資元の機関投資家や金融機関が、組織の社会的責任ないし環境改善への取組みを一定の基準で評価して、投資先を選別し、融資条件を優遇する。しかし、投資、融資元は通常、「一口に環境といっても評価の基準が難しい。業種も企業規模も違う」という問題の下での「大変な作業」を強いられる*3。
 
<登録取得組織の利益>
   環境配慮投資、融資とISO14001の原点は同じであり、狙いも同じく、組織が環境責任を果たすのを支援することである。環境配慮投資、融資が環境責任を果たす組織を選別する基準を必要としているのに対して、ISO14001がその基準となることをも意図して環境責任の果たし方を定めている。にもかかわらず、ISO14001が環境配慮投資、融資との関連で語られることはない。昨年末で世界の21%、23,500にのぼる日本のISO14001登録組織も環境配慮投資、融資を受けるためには、未取得組織と同じように、個別の必要条件を満たし、指定データを報告し、評価を受けなければならない。ISO14001が取得組織に意図された利益を与えていない。
 
<ISO14001普及の障害>
   この状態が機関投資家や金融機関のISO14001についての認知が不足しているためであるなら、JABや審査登録機関にはISO14001の普及がその生命線である以上、ISO14001の利用価値の広報に努める必要がある。しかし、業界は“審査の公正さ”や“審査の付加価値”に熱心で、登録証の価値には関心を示さない。しかし例え広報活動を行ったとしても、環境配慮投資、融資が“環境責任を果たす企業が発展する”という信念を基礎にしているから、“紙、ごみ、電気から本業での環境改善へ”というようなことが真面目に語られる日本のISO14001の不真面目な実態は、機関投資家や金融機関の説得、理解活動の重大な障害となるに違いない。
 
*1 J.Cascio他:ISO14001ガイド、日本規格協会、1996.12.16
*2 JISQ14001;序文
*3 日経新聞: 2006.9.18号、スイッチオン・マンデー
このページの先頭へ 2006.9.10

 46. プール事故死対応に見られる規格観の日米差異
<ふじみ野市プールでの事故死>
  去る7月31日の埼玉県ふじみ野市の市営プールでの小学生の事故死は全国のプールの安全対策の問題を浮かび上がらせた。報道によると、業界には共通の安全基準は存在せず、プールの安全は文部科学省の学校プールの整備指針、国土交通省の公園内のプールの技術基準と通達及び厚生労働省のプール安全対策の通達に依存してきた。8月30日には関係省庁連絡会議が開かれ、民間を含めたすべてのプールについて安全対策の統一的な指針をまとめることとなった。
 
<米国のプール安全基準>
  規格大国の米国では米国温浴槽及びプール協会*(NSPI又はAPSP)が、公共及び個人の温浴槽とプール、温水プールに関して7種類の規格を作成し、米国国家規格*(ANS規格)として発行されている。同協会の活動目的のひとつが「プールの健康、安全、公共福祉に関連する標準(standard)の確立」であるから、米国ではこの規格が安全確保の統一的な施策や基準として機能してきたものと思われる。
 
<プール安全確保の法制定>
  折しも米国ではプールの安全を図る法案「プール及び温浴槽安全法*」が上下院で審議されている。この背景はわからないが、法案は連邦政府の商品安全局*(CPSC)が安全基準(safety standard)を定め、これを州政府が適用するのに補助金を支給するというものであり、安全基準はCPSCが独自に制定しても、既存の規格*(standard)を適用してもよい。APSPは、この法制化に協力する旨の声明を発表しているが、この中で、新しい安全基準が既存のAPSPの規格を基礎とすべきであり、効果的な安全確保には民間の智恵と柔軟な対応力を活用するのが得策という主張を展開している。
 
<米国の規格事情>
  1996年時点で規格作成を事業範囲とする組織は約700あり、93,000の規格が存在し、その半数の49,000が民間規格である。2003年末の米国国家規格協会*(ANSI)認定の規格作成機関は約200、この半数が特定規格作成のための共同作業組織である。米国国家規格*(ANS)の和は約10,000である。米国では国家技術転移及び技術振興法(NTTAA)*により連邦政府が民間の自発的な規格(voluntary consensus standards)を活用することを奨励されている。ANSIの承認した米国国家規格*(ANS)はすべてNTTAAが規定する条件を満たしているから、いつでも政府に採用されて規制の基準又は指導の指針となり得る。
 
<ISO9001と審査登録制度>
  米国での規格の制定と利用は、民間の自主性と活力及び官に対する独立性、また、民間の自律的進歩を促し活用するという官の政策の象徴である。ISO9001と審査登録制度も、このような欧米の規格観と官民風土の下に成立した国際貿易の促進を図る民間の取組みであり、取引の拡大という民間組織の利益が目的である。然るに日本では、通産省の審議会たる日本工業標準調査会がISOに加盟し、国内では審査登録制度の運営を管理している。業界指導層も制度を「社会制度」であるとして規格を組織を管理、規制する手段に転化し、民の利益を擁護するはずの日本適合性認定協会もこれに追従する。永年の規制緩和の政治課題の進捗が遅々とするのは、官の抵抗より民の官頼みの意識に原因があるのではないだろうか。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-46>

 45. 登録組織の不祥事と業界の対応−審査登録制度の信頼性を毀損
<審査登録制度の意義>
   規格ISO9001,14001は、組織が品質又は環境に関して利害関係者のニーズと期待を満たすことによって利害関係者から製品の購入、立地許容、操業認可、融資や投資など組織の発展に不可欠な支援を得ることができるとする原理に基づいている。組織がそのような努力を行っていることは利害関係者にはわからないから、組織は公正な第三者たる審査登録機関の審査を受け、その努力を証明する登録証を得て利害関係者にかざし、支援や支持を訴える。これが審査登録制度の意義である。
   
<審査登録制度の認知と登録証の信頼性>
   ISO9001,14001の普及び利益の享受のためには、当該の及び潜在の利害関係者の登録証に関する認知と登録証への信頼感が不可欠である。折しもパロマ工業製瞬間湯沸器に係わる深刻な品質事故が新聞等を賑わせている。ガス中毒防止はこの種製品の品質の最も基本的要件であるから、同社の問題処理は如何にもお粗末で、品質保証の観点で妥当性に欠ける。ISO9001に則り顧客のニーズ、期待である欠陥製品防止の努力をしているというなら、死亡事故を何件も発生させるような問題処理はあり得ない。報道は同社にISO9001適合の登録証が発行されている事実に触れていないから、事件が一般消費者の審査登録制度の信頼への打撃とはなっていない。しかし、報道がないのが社会一般のISO9001と審査登録制度に対する認知と信頼の無さの反映であるなら、審査登録業界としては幸いとばかり喜んではいられまい。
 
<登録組織の不祥事への業界の対応>
   近年、登録取得組織による品質又は環境事故など不祥事の報道が少なくない。JABは今年、耐震偽装マンション販売疑惑渦中の潟qューザーのISO9001登録取得の事実の報道を契機に、審査で知り得た法規制違反に対する審査員の義務を定めた通達を出した。しかし通達は対象を意図的な違反、しかもISO9001審査に限定しているなど内実に乏しい見せかけの対応である。不祥事が明らかになった場合審査登録機関は、その組織の登録を一時停止にして再発防止対策を要求し、この結果により登録を復活させるという対応をとるのが通例である。審査でなぜ発見できなかったかなど審査登録機関の責任に言及した例はなく、雑誌での見解表明では「少ない工数で最低ラインのマネジメントシステムの存在と有効性を保証しているだけで、事件、事故の起きないことは保証していない」と責任を否定している。
 
   目下の湯沸器ガス中毒事故に関しては、パロマ工業に登録証を発行した審査登録機関JIA-QAセンターは沈黙を守り、登録一時停止の発表さえない。ただ、登録範囲が「”株式会社パロマ向け” ガス温水機器・・・」であり、販売後のサービスを登録範囲から除外しているから、報道される事故は顧客たる潟pロマの問題であって、パロマ工業の登録証の品質保証の対象外であると整理できる。これが審査登録業界の沈黙の理由かもしれない。責任回避の論理はそれでよいとしても、この登録証は何のためだったのかという疑問に答える必要がある。
 
<まとめ>
   日本の登録証の圧倒的多数は国内の事業者間取引に使用され、関係者にはその有効性に関する割切りが存在している。従って、不祥事報道で直ちに登録件数が減少することはないが、認知さえ未だしの消費者はじめ一般社会に審査登録制度への疑念と不信を育む機会を与える。例え不祥事防止が審査登録制度の枠を越えるものであるとの業界の主張に合理性があるとしても、不祥事を起こす組織にも登録証が発行されるという事実は、審査登録制度の有用性に対する疑問を増幅させても、信頼を向上させることはない。
 
   問題の根底には、システムを機能させることを否定する規格理解と要求事項解釈、これらに基づく形式重視の審査と審査合格の形式を整えるシステム構築作業という日本のISOマネジメントシステム取組みがある。不祥事はこのような取組みによるシステム機能不全の結果であり、現にシステムが組織の役に立っていないという証拠である。不祥事は今後も発生し続け、社会の登録証への信頼の向上は望むべくもない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-45>

 44. 環境影響とは    −不可解な日本語
               「全体的に又は部分的に組織から生じる環境に対するあらゆる変化」
(JISQ14001 3.7)I
   ISO14001は、組織の活動と製品・サービスがもたらす「環境影響」を管理し継続的に改善する環境マネジメントの規格である。 この「環境影響」とは、「有害か有益かを問わず、全体的に又は部分的に組織の環境側面から生じる、環境に対するあらゆる変化」(3.7項)と定義されている。この日本語では、環境影響とは「組織の環境側面」が原因となって「環境に対して何かが変化する」ことである。また、この何かはいろいろに変化するらしいことはわかるが、この変化が別の何かの「全体的に又は部分的」に生じるらしいとなると、この「何か」が何かわからない。
 
   この不可解な日本語は、この定義の英原文の中のそれぞれの英語表現の理解の誤りに起因する。まず「環境に対する変化」であるが、原英文は changes to the environment である。 change to 〜は change in 〜 と共に「〜が違ったものになる行為や結果」を意味する。例えば changes to the tax system は、「税制の改正」であるから、原英文は「環境に対して何かが変化する」のでなく「環境が変化する」のである。すなわち、「環境に対する変化」でなく「環境の変化」である。環境変化を「環境影響」と言うのであるから、ごく当たり前の定義である。
 
   次に「全体的に又は部分的に生じる」であるが、この原英文は、wholly or partially resulting from〜 である。ここに resulting from 〜 は、「〜の故に生じる、〜に起因する」の意味である。そして副詞 wholly or partiallyは、動詞 resulting from 〜を修飾するから、生じた結果の「全部か一部か」が 「〜に起因する」という意味である。この場合、結果は「環境変化」であり、原因は「組織の環境側面」である。変化の「全部」が組織の環境側面に起因する場合だけでなく、当該の環境変化に別の原因もあり、変化に対する組織の環境側面の寄与が「一部」に過ぎない場合でも、というのが or であり、そのどちらの変化もというのが「あらゆる変化(any changes)」の any である。例えば、水俣湾の有機水銀汚染は特定企業の排水の結果による海洋汚染であるから前者、地球温暖化は世界の多くの企業の炭酸ガス排出の総合的結果であるから後者、のそれぞれの環境変化である。規格ではどちらも組織起因の「環境影響」として扱わなければならないということである。
 
   すなわち、「環境影響」とは、組織の環境側面に起因する環境変化であり、その環境変化に対する組織の寄与の大小を問わないということである。別にむずかしい問題ではない。不可解な日本語和訳が難しく見せているだけである。
 
   因みに「環境側面」の定義も不可解な日本語である。すなわちJISは、「環境と相互に作用する可能性のある、組織の活動又は製品又はサービスの要素」(3.6項)と和訳しているから、「組織をとりまくもの*」(3.5項)である「環境」が組織の活動や製品と「相互に作用する」ということである。この事例では interact with the environment を単純に「相互に作用する」と和訳しているのである。しかし、上記の定義でも明らかなように「環境側面と環境影響の関係は一種の原因と結果である*」(A.3.1項)し、現実に組織が環境側面を通じて一方的に環境に作用するのである。すなわち、「環境に係わり合いをもつ組織の活動又は製品又はサービスの要素」が環境側面である。
 
   そもそも規格は特殊な用語を使用するものではない。用語の定義があっても、その用語の一般的意味を超越するものではなく、規格における特徴や重要視する面を強調するに過ぎない。ISO14001でも世間でも、環境影響とは「何かがもたらす環境変化」のことであり、定義は環境変化が組織の原因である限り、その寄与の大小にかかわらず組織に責任があるということを強調しているのである。ISO14001において最も基本的な概念である「環境影響」なのに、「全体的に又は部分的に組織の活動、製品・サービスから生じる環境に対するあらゆる変化」と定義され、訳のわからないまま「環境影響」というものに組織が取組んでいる。これに関して規格作成関係者を初めとする業界権威やいわゆる識者から明快な説明も問題提起もない。この定義でわかったつもりなのであろう。
 
   JISQ14001/9001にはこの種の不可解な、あるいは違和感のある日本語表現が少なくない。大半は英文法を適切に適用していないことが原因であるが、規格の意図に則って翻訳する姿勢があれば避けられたはずの不適切和訳である。日本ではISO14001,9001規格は審査登録のための「要求」であり、業界権威や識者による“神の啓示”的規格解釈にひれ伏す業界風土が固まっている。ここでは、規格の文言はどうでもよいのであり、むしろ意味不明が故に難解に見える日本語の方が、業界権威の規格解釈がよりありがたく受け取られる。「寄与度の大小にかかわらず組織の活動、製品・サービスに起因するすべての環境変化」が環境影響だと種明かしをして、「何だそんなことか」と規格が何も特別なことを言っている訳でないことが一般に知られても、規格の権威が低下することはないけれど、業界秩序には大きな影響が生じる可能性は強い。   
このページの先頭へ H18.6.10(修:6.16, 11.6, 12.23)

 43. マネジメントシステムにはトップマネジメントの関与が大切か? −片仮名英語の弊害  
<規格理解の混乱>
   ISO9001/14001マネジメントシステムの効果的な構築と運用にはトップマネジメントの関与が不可欠だと言われ、ISO9001:2000では トップマネジメントの責任と役割が拡大、強化されたとも言わる。これら表現にはひっかりを覚えるが、理屈から言っておかしい。本来何でもないのに日本では混乱している問題の背景に片仮名英語がある。
   
   例えば、日本では「マネジメントシステム」について何のことか理解に苦しみ、更には規格特有の概念であるかの錯覚をしている人々も少なくない。 解説書でも、マネジメントシステムを規格の3つ定義をつなぎ合わせて「組織を指揮し、管理するための方針及び目標を定め、その目標を達成するための相互に関連する又は相互に作用する要素の集まり」と説明され、マネジメントシステムを特別な環境又は品質改善の運動を意味する固有名詞かの説明さえある。
 
<経営管理>
   「マネジメント」の原英語は management と言う経営用語である。これは、日本でも馴染みのある概念で、経営学では「管理」と和訳され、企業でも財務管理、技術管理など「管理」を当てて実行してきた。世間一般では組織全体の活動を取り仕切ることを「経営」、その人々(top management)を「経営層」、その命令により各部門内の活動を取り仕切ることを「管理」、部門の長(middle management)を「管理者」と呼んでいる。一方、経営学では経営と管理の区分にこだわらない方向で「経営管理」と呼ぶようにもなっている。「経営管理」と言う言葉で、規格の management の定義の「組織を方向づけし(direct)、制御する(control)統一性のある(coordinated)活動*」を読むと合点がいく。「マネジメント」という新語だから何か新しい活動かの錯覚を生む。
 
<体系>
   「マネジメント」に加えて「システム」が混乱に拍車をかけている。これは「体系」のことであるから、「マネジメントシステム」は「経営管理の体系」と訳される。「体系」とは「そのものを構成する各部分を系統的に統一した全体」であり、規格の system の定義の「相互に関連づけられ又は作用し合う一連の要素*」であるからぴったりの訳である。定義づけると難解だが、「体系的」は物事がバラバラではなく組織的、統一的であることを表すのによく用いられる。例えば、乗継ぎ駅、ダイヤ調整、相互乗入れが整備された時に交通機関の集まりは、それぞれの交通機関を要素とする地域交通体系となる。
   
   JISが「一連のプロセスをシステムとして・・」と和訳している プロセスアプローチの定義の部分の原文は「a system of processes(諸プロセスのシステム)」であるから、マネジメントシステムは「諸業務の体系」である。「業務」が マネジメントシステムの要素である。規格の マネジメントシステムの定義はその要素として組織構造、手順、プロセス、計画活動、責任、方法、資源を例示しているが、それらに則り又は使用するのが「業務」であるから、要素を業務と見ることと矛盾しない。
 
<経営管理業務体系>
   マネジメントシステムとは「経営管理の業務の体系」のことである。品質マネジメントシステムは「品質経営管理業務体系」、環境マネジメントシステムは「環境経営管理業務体系」である。規格の品質又は環境に関する経営管理においては、関係する諸業務がばらばらに行われるのでなく、組織の目標達成を目指す トップマネジメントの意図に沿って他部門の業務との連携の下に各部門の諸業務が統一的、組織的に行われるようにすることが基本であり、このように実行される経営管理の諸業務の体系が規格の マネジメントシステムである。表現するには難しい概念ではあるが、だからこそ何の意味も含蓄しない片仮名英語より、日常で馴染みがあり、それ相当の意味を持つ日本語を使用する方が、理解を容易にし、混乱を招く恐れも少ない。
 
<片仮名英語の弊害>
   「トップマネジメント」の原英語は top management であり、最高の立場で組織全体の経営管理を担う人々のことである。日本語では「経営層」、新聞等では「経営トップ」と呼ばれる。経営管理業務体系の確立や運用は経営層本来の業務であり、責任であるから、「関与」では経営層の責任を果たしていない。また、経営層に固有の責任が規格作成者によって変えられるはずがないのである。マネジメントシステムが「経営管理業務体系」と和訳されていれば、冒頭のようなおかしな話は生まれなかったと思う。
 
<片仮名英語採用の真意>
   日本語でmanagement は「管理」であったが、戦後にquality control が「品質管理」と名付けられ、こちらの方が有名になった。 control は狙いに的中させるための制御であり、management はその狙いの適切さを管理することであるが、日本では2種類の「管理」が存在してきた。このような状況でISO14001:1996のJIS和訳に「マネジメント」が採用され、ISO9001:2000でも「マネジメント」となった。controlの「管理」との区別のためやむを得なかったのかもしれないが、片仮名英語尊重の世上への迎合か、はたまた規格理解への自信のなさの故か、識者と目される人々の心底にある欧米文化としてのISO規格への抵抗感の一方での、この片仮名英語の採用の真意がわからない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-43>

 42. 日米で食い違うISO14001:2004 改訂の背景説明 −どちらが本当か?
<条文の変更の説明>
   ISO14001の2004年版で、規格4.3.1項の環境側面に関してJIS和訳が「組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる環境側面」から「組織が管理できる環境側面及び影響を及ぼすことができる環境側面」に変更になった。これに関する日米両国国内委員会の説明が肝心な点で食い違っている。
 
<日本国内委員会の説明>
  日本の国内委員会は旧版条文では「管理できる側面の中の、影響を及ぼすことができる側面」という誤解を生じ易かったことが理由で、実際に米国やカナダは国としてそのように誤解し、これを正す条文変更にも強硬に反対したと説明している。その妥協の結果が4.1項への「組織はどのようにこれら要求事項を満たすかを決定する」の挿入だとのことである。
 
<米国国内委員会の説明>
  一方、米国の国内委員会(U.S.TAG)は、「環境側面の決定に組織外の誰かの見解の考慮が必要」と誤解される心配があり、「決定するのは組織」であることを明確にするのが変更の意図だと説明している。つまり、誤解は「影響力を及ぼすこと」が、 it can be expected to…(期待され得る)という英語にあり、これをすっきりと it can…(できる)と変更したということであろう。 U.S.TAGは、日本国内委員会の指摘する誤解をしていたとも、条文変更に反対したとも言っていない。
 
<英語条文とJIS和訳>
   この条文の原英語は、旧版では the environmental aspects that it can control and over which it can be expected to have an influence であり、新版は the environmental aspects that it can control and those that it can influence である。旧版のJISは and を「かつ」と和訳し、have an influence に「影響が生じる」という奇妙な日本語を当てたが、後に「管理出来る側面と影響力を行使できる側面」との解釈が定められ、今度は「管理でき、かつ、影響を及ぼすことができる」と読むことが出来ると言う。いずれも条文の日本語とは全く関連のない読み方と思えるのだが。
 
<条文解釈の誤解>
   旧版の英語を素直に読めば「管理できる」と「影響力を及ぼす」の2種類の環境側面になるから、日本国内委員会が懸念する誤解はJIS和訳の日本文に原因がある。この誤解は英語圏では生まれず、実際にU.S.TAGは旧版について「…over which it has influence and control(影響力を持つ及び管理できる・・・)」の両方の側面を明確にしなければならないと説明していた。一方、U.S.TAGの懸念する誤解は日本にはないが、英語表現上あり得る解釈である。
 
<改訂作業の真実>
   TC207の改訂作業議論で米国がどちらの誤解を提起し、どの修正に反対したのか、密室の議論なので検証できない。委員には国を代表して主張を規格に採用させることを役割とする意識があるから、自分に不都合なことは国内では言いたくなく、国内向け説明に相違の出る余地はありそうである。しかしなぜに事実説明がこんなにも異なり得るのかの疑問は残る。意識的なら規格使用者の利益を代表する委員としての資質が問われることになるが、両国国内委員会の説明が公正で倫理に則るものであることを信じたい。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-42>

 38.ISO機能不全の構造要因:
     
(副題) 制度に反対する本当の理由
            (その5)規格協会のISOコンサルタント登録制度は誰のためか
   日本でISO9001/14001が機能していないことは今や業界の常識である。日本規格協会の創設した コンサルタント登録制度はこの原因がシステム構築支援に当たる コンサルタントの能力不足にあるとする考え方に基づいている。しかしこれは、現実に目をそらした、ISO機能不全の実態を強化するだけの的はずれの対応である。
 
   マネジメントシステム規格の規定は、世界の企業の成功体験を基礎とした効果的な マネジメントの規範である。例えばISO9001は、変化する顧客のニーズと期待を適切に掌握し、それを満たすように製品・サービスを絶え間なく改善、提供し続けることによる事業の繁栄が狙いであり、このための組織の マネジメント業務に対する必要条件を規定している。規格に則って業務を効果的に行えば、品質不良や苦情を減らし顧客の心をとらえて競合する他組織に伍して市場競争に勝ち残り繁栄できる。
 
   ところが日本では、規格は審査登録のための組織に対する要求を規定しており、ISO9001は顧客の「売り手はこうあってほしい」という要求を、顧客に代わって要求しているものとされている。然るに規格解釈においては、規格は製品の改善は要求しておらず、顧客要求をかろうじて達成する程度の顧客満足が狙いであり、継続的改善と言っても改善と呼べる活動をやめなければよいということになっている。つまり、顧客は不良の減少やニーズに合致する製品を望んでおらず、改善の振りだけを求めていると見做なしている。さらに、規格の要求は「最低限」であるから、規格要求事項に合わせて構築した品質マネジメントシステム はそれだけでは役に立たず効果がないと説明される。
 
   登録審査は、組織が規格の要件を満たして業務を行っており、顧客のニーズを満たす製品・サービスを提供する能力を有するという安心感を顧客に与える手段である。 このお墨付きの登録証が、輸出など未知の相手との取引や サプライチェーンの企業間取引において組織の製品・サービスに対する安心感を与える。
 
   しかし日本の審査は業務の"仕組み"が対象であり、システムの品質と製品の品質とは別物である。登録証は製品の品質保証でないとの表面的規格解釈が殊更に強調され、規格の通りの業務では効果が出ないという規格解釈の下で規格への適合性が審査され登録証が発行される実状への疑問も生まれない。登録証は顧客にとって安心のお墨付きではなく信頼してもらえるように仕組みを整えた証明に過ぎないとも説明される。審査登録機関は審査は受審組織の顧客や社会のための監視機能であると言う。しかし、組織の不祥事には顧客や社会に責任をとらない。
 
   このように、日本の規格解釈と審査登録制度理解は、規格や登録制度が機能することを否定する考えの上に立っている。 この考えに立って、規格に従った業務を、組織が実行し、 コンサルタントが指導し、審査員が審査し、審査登録機関が登録証を発行している。日本でISOマネジメントシステム が機能しない真の原因はここにある。
 
   問題はこれら解釈が規格作成関係者を中心とする業界指導層の専決事項であることである。その解釈は企業で発達した内部監査や是正処置、既存学問体系である監査、更に、マネジメントとは異分野の適合性評価にまで及び、その見解は批判や問題提起、議論の対象にならず、ISO専門誌もこれにひれ伏す。異なる見解の表明は「首をひねるような、もっともらしい内容の解説をする自称専門家」とか「商売拡大のみを目指しているとしか思えないコンサルタント」として切って捨てられる。この権威主義と関係者をこれに従属させるように機能する登録制度管理機構が日本のISOを機能させない構造要因である。
 
   日本のISOの現状を安価に登録証の入手を望む組織の増加により登録制度の信頼低下が進む「負のスパイラル」と断定した「管理システム規格適合性評価専門委員会報告書」(H15.4.25)の中心メンバーも業界の指導層と管理機構の人々である。報告書の アンケート調査結果では、顧客の評価向上、製品・サービスの質の向上、品質システムの基盤構築といったISO9001の登録取得目的を達成したと判断する組織は55%に過ぎない。しかし、これを遺憾とすることも、背景や原因を分析した形跡もないまま「負のスパイラル」を持出し、原因を審査機関の倫理性、審査員とコンサルタントの能力不足に帰している。その後にこの報告書の提唱の実施で少しでも状況が改善したという話は聞かないが、制度管理諸機関の権限と事業の拡大の事実は明らである。
 
   規格協会のコンサルタント登録制度は日本のISOを機能不全にしている構造要因の申し子である。発想はコンサルタントの管理を図る権威主義であり、中身は書類が整えば能力を認めるという形式主義であり、無能な登録コンサルタントによる組織の被害には責任をとらないという無責任主義であり、結果として機関益がもたらされる。この制度は日本のISOの機能不全の現実を一層強固なものとし状況を悪化させ、さらにその対応として管理諸機関の権限と権益の生むという過去の”スパイラル”の反復である。日本経済の発展のためにISOの健全な発展を願う者として、日本規格協会が強行する「QMSコンサルタント登録制度」には反対しなければならない。
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 37. 内部監査は”経営に役立つ”のか−もうひとつの空理空論?  
   ISO9001/14001マネジメントシステムに関して内部監査の重要性が強調されることが多い。最近では「経営に役立つ」内部監査まで説かれている。しかし、これらには内部監査の本質と規格の意図についての考察がそっくり欠けている。
 
   監査はISOマネジメントシステムに特有の活動でない。監査の起源はローマ帝国時代に遡ると言われ、不正の発見を基本として発展し今日では組織運営における重要な監視機能となっている。監査は「他人を信頼して一定の業務を委ねた者(委任者)の要請に基づいて、第三者(監査人)がその他人(受任者)の行動又は成果を調査、検討し、結果についての自らの意見を委任者に表明する一連の手続き」と定義される活動である。
 
   マネジメントとは、経営の目的の達成のためトップマネジメントが各管理層に責任と権限を委ねてこれを指揮して組織の諸業務を方向づけ、制御する活動である。そのシステムとは、諸業務が一定の決め事の下に関連し合いながら行われている状態を意味している。監査の定義に照らすと諸業務の委任者はトップマネジメント、受任者は各管理層であり、マネジメントシステムの内部監査は、トップマネジメントの委ねた諸業務がその意図である決め事の通りに行われて、狙いを達成しているかどうかを内部監査員に調査させ、どうだったかの報告を受けるという、組織の内部統制のための監視活動である。
 
   これを日本内部監査協会は、マネジメントの諸活動の遂行状況を検討、評価し、これに基づいて意見を述べ、助言・勧告を行うために、マネジメントシステムの確立、事業活動の効率性、人々の規律と士気の状況に関して検討、評価することと説明している。
 
   規格では監査は「監査基準が満たされている程度を判定する*」活動であり、内部監査の監査基準は、組織のマネジメントシステムの要求事項、或いは、「計画された取決め事項」である。この「計画された取決め事項」とは実務上は決め事に基づくマネジメントの諸業務のことである。規格は監査結果をマネジメントレビューに供するよう規定して、依頼者がトップマネジメントだと明確にしている。規格の内部監査もトップマネジメントによる監視活動であり、規格では製品の検査、試験や環境パフォーマンスの計測、化学分析と同種の活動である。
 
   監査の結果の監査所見は監査基準に対して適合又は不適合のいずれかだけである。一方規格は「改善の機会を特定することが出来る」とも規定し、内部監査協会も「必要に応じて改善策を助言、勧告する」と改善の提案を内部監査の機能に含めている。しかし監査員が特定するのは、マネジメントシステムの決め事或いはトップマネジメントの各管理層への指示、期待という監査の基準に照らして、それへの適合性を高める観点での対象部門の業務実行上の改善の余地のことである。
 
   マネジメントシステムの改善はトップマネジメントの責任である。規格はこのために、トップマネジメントがマネジメントレビューを行って、種々の情報を総合的に体系的に検討、評価し必要な改善の決定を行うべきことを規定している。内部監査結果はこれに使用する監視測定情報のひとつに過ぎない
 
   ISOマネジメントシステムの内部監査は、事業組織で定着している一般の内部監査と同じく、内部統制のための組織内の業務実行状況の監視機能である。その手順は内部統制の監視機能として定められているから、「経営に役立つ」などこれと異なる機能や結果を期待しても意味がない。このような内部監査の実行を求める主張には根拠がなく実現の筋道が見えず、必要性の説明もないから空論の誹りを免れない。日本では空論も権威者が唱えると無批判に受入れられる。「経営に役立つ」内部監査は規格が機能していないとの問題意識に対応して唱えられ始めたが、機能しない理由である規格と登録制度に関する空疎な論理と実行の上にまた新たな空論が積み重ねられ、新たな無駄の実行が組織に課されている。
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 36. 制度創設の理由が取替えられた訳は?
 
    −(その4) 規格協会のISOコンサルタント登録制度は誰のためか
   日本規格協会はISOコンサルタント登録制度を、ISO10019の普及啓発、広報活動のためと説明していたが最近、日本工業標準調査会による「コンサルタント評価・登録制度の創設の提唱」を受けたものと説明を変えた。啓発、広報のためとは苦しい説明だったが、公式な提唱を受けての制度だというなら大義名分がつく。
 
   それならこの説得力のある説明をなぜ最初からしなかったのであろうか。そもそも初めの説明も新しい説明も同じ「管理システム規格適合性評価専門委員会報告書」の記述を根拠としており、初めの説明は報告書の第2章、新しい説明は第3章にそれぞれ書かれた提唱の引用である。規格協会が本当に後者の提唱をきっかけとして検討し制度を創設したのなら、目的意識は明確であるから間違っても前者を制度創設の根拠に挙げることはないはずである。新しい理由には後知恵の感が免れない。
 
   一方、協会が一般募集意見を集約し7月28日付けでウェブサイトに公表した「パブリックコメントのまとめ」が今日、同じURLで標題、形式も同じで日付のみ8月29日に変えられ、内容では制度創設の理由の説明が元の「啓発、広報活動」から新しい「公式の提唱を受けて」に差替えられている。一旦公表した内容の核心部分を変更しながら、何事もなかったかの如く装うという行為には不信感が増す。
 
   ところで新しい理由の正当性であるが、確かに前記報告書(3.3.1項)に「コンサルタント評価・公表制度の創設」の提唱がある。ただし各提唱の実施と追跡についても巻末の図表にまとめており、コンサルタント評価・公表制度については「審査登録機関、研修機関、審査員評価登録機関、認定機関、業界団体など」を当事者として「審査員評価登録実績のある機関を中心」に作業を「H16年度着阮狽ヘ実施」するべきと明記され、日本工業標準調査会による「取組みの実施状況やその効果などの検証」が求められている。
 
   規格協会が制度創設の根拠をこの報告書の提唱(3.3.1項)に求めるのなら、制度は巻末図表の手順を踏み、承認されたものでなければならない。然るに、各機関、団体から成る制度作成の取組みがあったことは知らないし、規格協会の説明もこれに何も触れていない。規格協会が独自に検討し創設したなら、報告書の提唱を都合よく利用しているだけである。
 
   制度に対して形通りに意見を募ったところ思いがけない強い反対意見があり、制度創設の正当性の適当な理由を前記報告書に見つけて引用したが、これへの異論に当面して改めて報告書を繰ったところもっと都合のよい部分を見つけたが、続きの巻末図表に気づかなかったというような筋書きも想像できる。規格協会が「一定の水準のコンサルタント」を選別する制度を急ぐ背景には、ISOコンサルタントとはこのような少し調べればわかるような都合よい説明ででも納得させられる程度の知性と判断力の持ち主であるとする偏見があるのかもしれない。
   
   当の組織とコンサルタントにとって何の利益も認められない登録制度だが、規格協会の必要性、公益性の説明はいまだ正当なものになっていない。一方で登録を無視する者は条件を満たしていないとみなされ、仕事の機会を失うはめになると関係者に公言させ、反対意見を抹殺して制度を押し進めようとしている。
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 35. 何を公平に評価するのか
         −(続々) 規格協会のISOコンサルタント登録制度は誰のためか
   新設のコンサルタント登録制度に関して規格協会は、登録の「公平性」の確保のため「申請書類の評価」を「公益団体を中心に広く利害関係者」から成る登録委員会に委ねると説明している。このことで、登録の価値を権威づけ、高額な登録料金の正当性を主張したいのであろう。
 
   この制度の「一定基準を満たす」コンサルタントになるには、登録基準が定める条件を満たさなければならない。登録基準は、@学歴、A3種類の職歴(判断を行える地位・管理的地位、品質実務、専門分野実務の各経験)、B6種類の知識(品質管理基礎知識及び5種類の規格の知識)、C個人的特質、D倫理的行動、Eコンサルタント業務の実績、及び、F関連規格等の知識、に関して14の条件を定めている。そして次の書類がそれぞれの登録条件を満たすとみなされる。つまり、@には卒業証明書、Aには職歴書、Bには研修修了書(計6通)、Cには業務上関係者の推薦書(計2通)、Dには誓約書、Eには顧客の推薦書(計3通)、Fには受講したセミナー名などを記した記録書である。登録委員会は本人を試験も面接もせず、これら書類を評価することで条件を満たすか否かを決定する。
 
   @B以外の書類は書式が定めているから内容の適否という問題はない。登録委員が評価することがあるとすれば記入漏れの他は書類の真贋又は記述の真偽である。CEの書式には「推薦者に問合わせするかもしれない」と偽や嘘を戒める記述が含まれているが、問合わせに嘘を告白する推薦者がいるとは考えられない。本人が書くAの職歴書、Dの誓約書、Fの記録書の虚偽記述も、身元調査や面接もしないで見破ることは不可能だ。@の卒業証明書の偽造の摘発も難しい。Bは規格協会認定の研修講座の修了書かどうかの確認である。評価の実態は単なる事務的確認作業の域を出ない。登録委員は、事務局が適切であるとして提出する15通の書類を眺めて「ああそうですか」というしかない。このような評価なら誰でも出来るから有識者を登録委員に招請するまでもない。
   
   Bの知識に関しては、研修会の修了証がなくても講師経験、著作、論文発表があればよい。それらが必要な知識の保有の証明になるか否かを登録委員会が評価する。JABやJRCAの講演会や研修機関の講座の講師を務め、専門誌に解説文を発表する著名な人々がコンサルタント登録することは、登録制度の権威づけには必須である。著名人に今更研修会の受講を要求できないから、この登録条件が適用されることになる。しかし登録委員が講演や研修会を傍聴せず論文も読まずに何によって知識水準を「公平に」評価するのだろうか。その人の著名さや講演会や雑誌の格の高さで評価されるのなら、有識者の出番はない。
 
   実際に書類審査で何を「評価」するのか、記入漏れや表現の不整合の指摘の他に登録委員が見識と能力を発揮して「評価」する余地があるのか、規格協会の説明はない。一方で「公平な評価」を持ち出して、登録の意義深さを訴えている。これは公的機関に期待される公正さ説明とは言えない。
 
   ところで、雑誌記事で制度を普及させる方法を尋ねられて規格協会は、登録委員を出している中小企業関係団体の勉強会、講演会を活用すると述べている。これは語るに落ちるということであろうか。「評価」のためなら必要性はわからないが、登録制度の普及が目的だというなら各界からの代表者から成る登録委員会設置の理由がよくわかる。委員会には審査登録機関協議会からの参加も求めるというから、システム構築を支援したのが登録コンサルタントか否かで登録審査工数を変えるというような制度普及策も規格協会は期待しているのかもしれない。
 
   規格協会の説明は筋が通らず、事実に率直でないという意味で公正さが欠如している。登録制度の意義を主張するのなら、評価が「公平」かどうかではなく、まず説明が「公正」でなければならない。
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 34. 規格は要求しない  
    日本では「規格の要求は○○である」という規格解釈が普通である。「旧版では○○を要求していたが、改定版では△△を要求することになった」式の解説があり、JABまでもが「規格が**顧客に代わって企業などに要求している」と説明している。
 
   これはrequirement の和訳「要求事項」に起因する誤解であるが、日本人一般の「規格」感にも関係があるようだ。規格の「規」「格」共に「おきて、きまり」を意味する漢字で、「規格」は辞書で「定め、標準」である。「規格」には法律と同様にお上が定めた規制或いは従わなければならない掟であるとの響きがある。一方、欧米語の「規格」には、掟とか遵守を強制されるというような意味あいは希薄である。例えば英語で「規格」は standardで、これは「水準、平均的な」というような意味である。
 
   規格は仕様の統一による製品間の互換性を高めるが目的である。規格が今日、国際化のうねりの中にあるのは、「世界各国**に共通の仕様で、製品、サービスの提供を可能にする」ためである。 国際規格の重要性を説く欧米の論調では、
 
● 規格はその分野の欠くことのできない知識を記述している
● 国際規格は他国で造られた製品やその工程について消費者に情報を伝える
● 先進国が途上国に**規格を通じて技術問題の解決を提供できる
● 規格化により最新情報が公開される結果**、技術革新が促進される
 
などと、規格の知識情報媒体としての意義が強調されているのが目につき、規格を知識や情報の国際的な伝達手段として活用せんとする想いがよくわかる。強制されると言う被害者意識も強制するという権威主義も全くない。
   
   ISO規格が初めから強制を意図して作成されていないことは、規格作成に関するISO指令に「規格**はそれ自身、誰にもその遵守を強制するものではない」と記されていることから明白である。 「規格の要求」式解釈は規格作成者の意図ではないのである。ただし、同指令は「例えば法律や契約によって遵守が強制されることにもなることがあり得る」と、規格が強制とか遵守すべき規制になるという場合も想定している。 ISO9001/14001の登録制度はこの例である。 この場合は、組織は規格のprovision(規定)たる「要求事項」を満たさなければならない。つまり、組織には「要求事項への適合」が「要求」されることになる。例えば、組織が顧客との取引条件として登録取得を図るような場合、顧客は組織が規格の要求事項、つまり、規格の定める要件を満たすことを要求するという図式である。 「要求事項への適合の要求」と、「規格が顧客に代わって要求する」とか、規格の規定を「規格の要求」と言うのとは全く違う論理である。
 
   欧米では規格を自らの利益のために活用すべきものと捉え、日本では遵守を強制されるものと受け止められがちなのは、用語の違いの影響が大きいように思われる。「規格」という言葉の表面的印象にとらわれず、仕様の共通化による産業発展が目的という規格の本質に立ち返えれば、requirement を「要求事項」と翻訳する愚は避けられたし、「規格の要求」という誤った規格理解もなくなるのは間違いない。
(註) 文献引用の**印は、文意の明確化のため文献の意図を変えないで表現を変えた。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-34>

 33. 理屈の通らない必要理由の説明
         −(続)規格協会のISOコンサルタント登録制度は誰のためか
   日本規格協会はそのISOコンサルタント登録事業に関するパブリックコメントを締切った。結果は22件の意見と回答にまとめられて発表されているが、登録制度、登録条件についての質問が各々3件、15件で、制度創設に対する批判や疑問の意見はわずかに4件である。世の中は大賛成と言いたいのかもしれないが、お手盛りの意見集約の感じもする。
 
   ともあれ、ここで規格協会は登録制度の開始理由について回答している。これによると制度創設の根拠は「管理システム規格適合性評価専門委員会報告書(H15.4.2)」にあるとのことである。因みにこの委員会は、ISOマネジメントシステム規格の認証制度への社会の不信を背景に設立されたものであり、現状を「コンサルタントと審査の迎合を原因とする負の”スパイラル”」が回っている状態と断じ、審査とコンサルティング行為の分離、審査の質の向上、「コンサルテーションの質の向上」の必要を提起している。
 
   規格協会は、報告書がコンサルタント選考の考え方、注意点の組織への普及啓発、広報の必要性に言及していることを取り上げ、「ISO10019の普及啓発、広報活動」が「標準化団体」としての責任であり、この普及、広報活動を行うためにコンサルタント登録制度が必要であると、制度創設を理由づけている。
 
   これは筋道の通らない論理である。登録制度とはコンサルタント選考の指針を組織に教えるのでなく、規格協会自らが組織に代わって指針を実行することに他ならない。登録制度は目的と効果において啓発や広報とは正反対のものである。規格協会は、普及啓発、広報活動が世の声であり、それを行うのが責任だと言いながら、それを実行しないで、それに反することをしようとしているのである。
 
   普及啓発、広報活動のために登録制度が必要というのも訳のわからない論理である。「ISO10019の普及啓発、広報」のためなら、組織にお得意の研修セミナーを提供するのが効果的である。然るに規格協会は登録条件としてのISO10019研修セミナーを傘下の研修機関に開設させながら、組織への普及啓発、広報活動としてはセミナーも何もやっていない。普及啓発、広報活動をやらないまま、「普及啓発、広報活動に伴い、"どこでQMSコンサルタントを探したら良いか" が問題となる」と先読みして登録制度の必要を主張しているのだ。それなら、実際に要望が出てから手をつければよいことである。今なくとも、普及啓発、広報活動を進められない訳ではない。
   
   ISO10019によるコンサルタント登録制度に反対してきた日本では、登録制度の社会的不利益が広く認識されている。この中で日本規格協会は「ISO10019の普及啓発、広報」を名目に登録制度を強行せんとしている。然るに、「普及啓発、広報」に登録制度がなぜ必要かについては筋道の通らない、訳のわからない理屈を展開しかいる。一方で肝心の「普及啓発、広報」活動を行っている形跡はない。大義名分が明確でない以上、登録制度に伴う規格協会自身の利益の方に世間の関心が寄せられるのは自然の成り行きである。
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32. 規格協会のISOコンサルタント登録制度は誰のためか  
    コンサルタント選定の指針を規定するISO10019が今年1月に制定された。規格は、組織が適切なコンサルタントを選ぶことができるよう、コンサルタントに必要な能力と倫理的側面を詳しく規定している。
 
   ところが、日本規格協会はこの規格を利用して「一定基準を満たすコンサルタント」を登録する制度を近く発足させる。説明では、規格を参考にコンサルタントの具備すべき能力や資質について同協会が基準を定め、これを満たすコンサルタントを登録し、その情報をウェブサイトで公表するという制度である。目的は組織が「コンサルタントの力量を見極めて的確なシステムを経済的、効果的に構築」することとしか説明されていないが、「一定基準を満たす」とうたう以上は「一定の業務能力を持ち、従って、一定の業務品質が期待できる」優良コンサルタントを峻別し不良コンサルタントを排除することと理解される。
 
   登録のために同協会はコンサルタントが定められた種々の知識、力量、資質、実績を習得、保持しているか否かを評価する。この内の各種の知識、技術の習得は審査員資格証又は研修セミナー受講証があれば基準を満たしたと判定され、個人的資質とコンサルタントとしての力や実績に関しても業務上の関係者の推薦書や証明書があればよい。「一定基準を満たす」とは実質的には、コンサルタントが経歴証明書に加えて約15通の受講証、証明書、推薦書、誓約書を提出したという意味である。
 
   「一定基準を満たす」は制度の意図の「一定の能力或いは業務品質」の保証ではなく、登録で不良/優良コンサルタントの峻別ができるとも思えない。実際同協会は、登録がコンサルタントの能力或いはその提供する業務と結果の品質を保証するものとは明言せず、「組織がコンサルタント候補と出逢い、その能力に関する予測や絞込みができ、複数のコンサルタントを比較検討できること」を効用として挙げているだけである。
 
   さりながら、著名で且つ権限を有する公益法人の日本規格協会が「一定基準を満たして登録した」と聞けば、世間は登録コンサルタントに優れた人間性、能力と業務品質を期待する可能性は高い。同協会は制度の実体を認識してか、そうだとは明言しないが、「能力、力量、経験を自負しているコンサルタントの活動の機会を増やす」と優良コンサルタントの登録であるとの誤解を生む説明もしている。制度がコンサルタントを探す組織に有益であるとも思えないのに、世間の誤った好意的理解に適うものかに装っているならまやかしの誹りを免れない。
 
   コンサルタントには登録制度は迷惑である。登録は任意とされているが、制度は不良コンサルタント以外の全員の登録がないと機能しない。同協会は「組織からのコンタクトが増え、実力を発揮できる機会が増える」と登録の利益を挙げ、登録しないコンサルタントは仕事にありつけないと警告している。他方で登録しないと公的機関の認定する「優良コンサルタント」でないとの世間の不信の目に晒される。しかし登録には受講証、証明書等々の書類を集める面倒な作業と登録用諸料金の納付と、更には、毎年の維持手続きが必要となる。書類は同協会の意に沿う内容でなければならない。この制度がコンサルタントの質の向上に繋がるとの同協会の主張は、コンサルタントがみんな従順になるという意味なのかもしれない。
 
   両当事者には利益が実感できない制度だが、規格協会には利益が明確である。第一にコンサルタントからの料金収入で登録、紹介の新事業を行うことが出来、第二にコンサルタントに提出させる知識、技術の証明書の多くに研修機関の研修セミナーの受講証を指定して、傘下の研修機関に利益をもたらす。
 
   そもそも、この規格の作成作業を通じて日本は「規格がコンサルタント評価登録に使われ、社会的コストを増すことにつながる」として反対してきた (阿久津 進(日本規格協会):ISOMS-2003.1,P.50-53) 。国として、ISO9001に係わる各界関係者の総意としてコンサルタント登録制度に反対であったということである。とすれば、規格協会が登録制度を関係者の総意に反して創設するのは自らの利益の追求のためと勘繰られてもしかたない。
   
   コンサルタントの能力ないし期待できる業務品質を誰かが一定の尺度で測定し評価することができるとは思えない。規格協会の登録制度も「一定基準を満たす」と唱えながらも、コンサルタントの一定の能力や期待できる業務品質の水準を保証するものでない。それでもISO行政機関でもある公的機関がこれを開設すると実体と無関係な権威が付随し、必要ない者まで参加が強制される環境が作り出される恐れがある。実際、同協会は当事者に何の相談もなく制度発足を既定路線化した上でパブリックコメントを募集するという権威主義を実践している。この登録制度が機能しないまま規格協会の支配権の拡大に使用されて、日本のISO取組みの発展が阻害されることを強く憂うものである。
 
   日本規格協会は、登録制度の効用に関して世間に誤解を生まないのに十分な程度に正確に明確にかつ論理的に説明すべきであり、何よりもコンサルタント登録制度無用という関係各界の総意に反する行動に関して完全な説明責任を果たさなければならない。
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29. 審査機関の顧客は受審組織ではないという考え方
    審査機関は受審組織のためではなくその組織の顧客のために審査すべきであり、審査機関の顧客は受審組織の顧客や社会であるという考えがある。この説には、受審組織は登録証の安直な入手を企てる悪者であり審査機関はこれを取締まる警察官だとする業界の権威主義が透けて見える。
 
   そもそもISOマネジメントシステム規格の基本概念は、組織の事業は顧客や社会など諸利害関係者の支持で成立つものであるから組織はそれらのニーズと期待を満たすよう製品を提供し或いはその活動を行うことが必須であるということである。ISO9001/14001両規格は、組織が品質或いは環境に関してこれを実現するのに必要なマネジメント活動の在り方を規定している。組織のマネジメント活動がこれら必要条件を満たして効果的に実行されているかどうかが「規格適合性」である。組織は、その業務の規格適合性を中立の第三者に実証してもらうことによって、組織の活動と製品が顧客や社会のニーズと期待を満たしたものであることを訴え、その支持を得ることが可能となる。
 
   認証審査は「組織のマネジメントシステムが効果的に履行されているとの保証を組織と顧客に与える*1」ことが目的であり、受審組織の監督の仕組みではない。受審は規格導入の必要条件ではなく、組織の自由である。組織が受審するのは、自身のマネジメントシステムの規格適合性の権威ある証としての登録証を入手するためである。 認証審査は、審査機関が規格適合性の判断を提供し、受審組織が判断の証の登録証を対価を支払って受取るという商取引である。規格の定義では、審査機関は「製品を提供する組織」であるから「供給者」で、「製品を受け取る組織」である「顧客」は紛れもなく受審組織である。組織の顧客や社会はこの商取引では部外者である。
 
   この商取引で監督行為を含蓄する「審査(監査)」という用語が使われているが、監査は目的ではなく、登録証という製品の実現の手順として一般の監査理論で確立した監査手続きや監査技法が援用されているだけと考えた方がよい。審査は手段であり、製品は組織のマネジメントシステムの規格適合性の保証たる登録証である。審査機関の最大の責務は審査の質の向上ではなく登録証の品質向上である。受審組織は登録証を顧客や社会に示して組織の活動と製品への支持を求めるのであるから、登録証の社会的認知及び信頼性こそが、審査機関の製品の最も重要な品質である。
   
   認証登録制度に係わる諸機関、人々による、「審査機関の顧客は受審組織の顧客であり或いは社会である」との主張は、自らの役割を受審組織の不正を取締まる警察官に擬していることの現れである。しかし、認証審査を受けるかどうかは組織の自由である。組織が登録証に審査費用に見合う価値があると考えるから審査サービスを発注するという商取引である。認証登録制度諸機関は供給者としてその製品である登録証の有用性、つまり、顧客や社会が組織を選ぶ指標としての信頼性を確実なものとするよう努め、顧客たる受審組織の期待に応えなければならない。
   
*1 ISO中央事務局: 多忙な管理者のためのISO9000, ISOホームページ
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-29>

28. 「いいとこ取り」のEMS      −いつでも組織は悪者-  
   ISO14001改定の要点として、「活動、製品又はサービス」の及びへの変更が大きくとり上げられ、本業に係わる重要な環境側面を除外した取組みでの登録取得の阻止が狙いと説明されている。旧版の又はが悪用されて、環境側面の特定時に「いいとこ取り」を行う組織があったとのことで、「紙、ごみ、電気中心のEMS」などへの登録証発行が数少なくないことが示唆されている。説明は、規格の抜け穴を探す不届きな組織が多かったが、もう許さないぞという組織に対する非難と警告を含蓄している。  
   
   「いいとこ取り」の登録取得はゆゆしきことである。組織が日頃社会に及ぼしている環境悪影響を放置したままで、一方で登録証を掲げ環境改善に精一杯の努力をしていると偽って社会や利害関係者からの恩恵に与っているからである。これが審査に合格してきたのなら、持続的発展の枠組みとしての規格や審査登録制度に対する社会的信頼は地に落ちかねない。
   
   「いいとこ取り」許さずの説明は、「いいとこ取り」が組織の悪智恵であると断ずる一方で、旧版の規格解釈上はこれを認めざるを得なかったと暗に言い訳をしている。しかし、TC207の音頭で実施された規格解釈の整理の日本版であるISO14001解釈委員会報告(2000年)では、とり上げられた3件の中に又はや「いいとこ取り」は含まれていない。JABはISO14001と審査登録制度の普及を目指して問題点を討議するシンポジウムと公開討論会を毎年開催しているが、ここでも「いいとこ取り」が正面から問題視された形跡はない。更に規格の理解やマネジメントシステム運用に関する種々の問題がとり上げ、解説を掲載する各種のISO専門誌において関係者が、「いいとこ取り」をとり上げ警鐘を鳴らし或いはこれを是認せざるを得ない事情について苦しい胸の内を吐露した形跡を確認することができない。
   
   関係者の問題意識にありながら組織の悪智恵を阻止できずに「いいとこ取り」が存在したということは事実として確認できないのである。日本のISO取組みにおいては一握りの関係者が規格解釈を独占し、識者、審査員、コンサルタントと順送りに解釈が引き継がれて、規格導入組織自体はこれを唯々諾々と受け入れてきた。組織が規格の文言の抜け穴を自ら探し出して「いいとこ取り」をして、その上で審査員の問題指摘を押し返してその解釈を貫いて登録証を得るというようなことは考えられない。「いいとこ取り」は日本の規格解釈と制度運用の秩序の中で認められてきたものと考えるのが自然である。
 
   登録取得組織の不祥事によってISO規格の枠組みの有用性への社会的信頼は既に大いに揺らいでいる。「いいとこ取り」への登録証発行が事実と確認されれば、例え組織が悪いとしても、それは審査機関や制度の機能不全と見做なされ、社会のISO離れを加速することは必定である。「いいとこ取り」許さずの論調は、何であれ問題は受審組織にその責めを負わせて自らは不可侵の立場において日本のISO14001取組みをリードし或いはお墨付きを与えてきたそれら関係者の言動と軌を一にするものであるが、社会のISO離れを引き起し自らの立場を危うくすることに気づいていないように思える。
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27. マネジメントシステムは経営のツール ?    -大いなる錯覚-
   日本では「マネジメントシステムは経営のツール」とする見解が広く認められている。ツールとはtoolで、「工具」「何かを達成するのを助けるもの」の意味であるから、経営の「用具」「手段」だと言う主張である。大いなる錯覚である。
 
   経営とは組織の発展のための「組織の在りよう」つまり、事業の方向、戦略を決める活動であり、株式会社では取締役会が担う。この経営の目標を効率的、効果的に達成するように組織の事業活動を統率、管理する活動がマネジメントであり、代表取締役たる社長を頂点とするトップマネジメントが各管理者に分担させつつ、方向づけ制御している。日本では、取締役会メンバーがトップマネジメントを構成して、組織内の業務の執行の任に当たっているので、トップマネジメント活動のことが経営と呼ばれる。
 
   一方、システムとはある目的のために必要な種々の要素が集まり相互に関連して機能している状況にあるその全体のことを指す。ISO14001や96年版ISO9001のマネジメントシステムの要素は「組織の体制、計画活動、責任、行為、手順、プロセス及びその他の資源」である。2000年版ISO9001ではシステム要素はプロセスであり、マネジメントシステムはマネジメント活動の諸プロセスが相互に関連づけられて実行されている状態でのそれら諸プロセス全体のことであり、「プロセスのネットワーク(network of interacting processes)」状態の「プロセスのシステム(system of processes)」である。ここにプロセスとは業務のことであるから、マネジメントシステムとは実体的には「諸業務の有機的集合体」、また、表現上では「マネジメントの業務体系」とするのが実務的である。
 
   トップマネジメント活動を「経営」と呼ぶ習わしに従うなら、マネジメントシステムは経営システムとも呼ばれ、諸業務が経営の目的の達成を図るように相互に関係づけられ実行されている状況のそれら諸業務の全体のことである。マネジメントシステムは経営の手段や用具ではなく、経営の活動そのものである。
   
   日本ではこのような本質に係わる見解がいわゆる権威者に発すると吟味されることなくメディアを介し、或いは人づてに拡がっていく。蔓延する権威主義と無思考依存主義の「負のダウンスパイラル」が日本のISOの歪みを益々拡大させている。
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26. 要求事項の意図と要求事項の表現  
    ISO14001の2004年版の発行に関する大概の説明は「要求事項にも変更がある」というものであり、加えて意図的に要求事項が改定されたとの極端な解説を初め、審査をこう変えるという各審査機関の見解まで発表されている。
 
   ところで、「要求事項」のISO原語 requirement は「必要な又は欲しいもの」の意味であり、 実際、ISO9000の定義(3.1.2項)でも「必要とされるもの或いは期待されるもの」である。規格作成に関するISO/IEC指令によると、ISO規格の規定には、 requirement, recommendation, statement の3種類があり、requirement は「適合のために遵守しなければならない或いはそれからの乖離が許されない基準(合否判定基準)を表現する」ものである。同指令はまた、requirementに関して、枠組みとかそれがどんなものかというような言葉ではなく、出来る限り性能あるいは達成目的を現す言葉で表現されるべきことを規定している。
   
   つまり、requirement とは、ISO9001/14001の狙いを達成するよう組織が品質又は環境マネジメントを効果的に実施するのに「必要な条件」或いは「遵守する必要がある基準」というようなものを、目指し又は達成すべきものの合否判定基準の形で記述したものである。requirement は「〇〇すること」という表現で記述されているが、「〇〇するという状況」或いは「〇〇する目的」が実現しているかどうかの判断基準を意味している。海外文献ではしばしば、「要求事項の意図(intent of requirement)」 という言葉が出てくるが、規格条文の「〇〇する」ことの意図がrequirement なのである。
 
   例えば改定版ISO14001の文書管理に関して96年版に記述のなかった「外部文書」の配布管理(4.4.5 f)項)が加わった。しかしこの項は、どの業務も誰がいつ行っても同じ手順で行われ同じ結果が得られるようにするという「文書に基づく業務遂行が必要である」という「規格の意図」を規定しており、その実現のためには文書が外部で作成されようが組織の業務に使用する限りは普通の組織が作成した文書と同じように管理されなければならないことは当然である。記述、表現は変わっただけであり、「要求事項に変更はない」というのが正しい規格理解なのである。
 
   改定作業開始にあたっての「既存の文章に対する如何なる変更も、ISO14001に要求事項を追加することにならないで、規格使用者の理解と実践を助けるものでなければならない」とのTC207の決議は、正に、「要求事項の表現(条文)」は変えても「要求事項の意図」は変えないということである。日本では「要求事項」は登録証発行のための「規格の要求」であり、条文の「〇〇すること」のそれぞれに明確な形式を伴う対応をするから、条項や条文の変更はすなわち「要求事項の変更」となる。従って、ISO14001の2004年改定には多くの要求事項の変更が含まれるという認識になる。このようなISO取組みでは、ISOマネジメントシステムが機能しないで組織の重荷となるだけでなく、5年毎の規格改定の度毎に「変わった変わった」と大騒ぎをしなければならない。
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25. 登録証取得は将来的にも取引継続の保証になるか?
   ISO9001,14001が組織に重荷で、役に立っていない実態が語られることが多くなったが、この実態が生れた背景は組織が規格を活用する気は最初からなく、顧客の要求で認証取得したまでであるからとする意見が大半である。この意見は、取引が継続できたから認証取得は組織の役に立っているのだという反論にさえ使われている。
   
   しかしこれは、顧客が組織にISO認証取得を要求した理由を考慮の外に置いた暴論である。ISO9001の制定の狙いは、海外の見知らぬ組織の製品を買う時の品質への不安の払拭であり、登録証は製品品質についての安心感を顧客に保証する。ISO14001の登録証は組織がその活動、製品、サービスの環境影響にふさわしい環境保全責任を果たしているので組織とその製品を受け入れてよいという諸利害関係者に対するお墨付きである。
   
   組織の親会社や顧客組織が認証取得を求めてくるのは、組織が供給する製品、サービスの品質或いは関係する環境保全取組みで起こした問題が親会社や顧客組織の活動、製品、サービスに影響し、結果的にその顧客や利害関係者の品質、環境保全に関するニーズや期待に応えることができなくなる状況があるからである。親会社や顧客組織はこのような問題を防ぐために供給者たる組織の活動、製品、サービスを管理する必要があるが、自身による監査や受入れ検査の強化では負担が増すばかりであるから、組織に規格に従って業務を行わしめ、その実行を第三者審査で監視せしめるという方法の方が効果的で経済的である。
   
   親会社や顧客組織が組織に登録証の取得を求めるのには、品質、環境保全に関するニーズや期待を満たさせるという狙いがある。登録証を取得して取引継続を確保しても、或いは新規顧客との取引機会を得たとしても、そのニーズや期待を満たすことが出来なければ、いずれ親会社や顧客組織から排除されることになる。
   
   日本ではISO規格や審査登録制度の本質を顧みないで、規格要求事項をして登録証を得るための条件視した形式な取り組みが大手を振り、それが許容されている。しかし、規格の論理と審査登録制度の趣旨に則ると、親会社や顧客組織に応えない組織は登録証を維持してもいずれ取引関係から排除されることになり、登録証を得ること即ち親会社や顧客組織の要求に応えることという理屈はない。親会社や顧客組織が登録証への信頼を失えば、ISO規格と認証登録制度の崩壊にもつながる。
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24. ISO14001:2004 で認証審査が厳格化される? 
   ISO14001改定版の発行が迫り改定点の解説が賑わう中で、現行版で認められていた ”紙、ゴミ、電気を中心とした本来業務と遊離した環境マネジメントシステム” が改定版では認められなくなるなど認証が厳格化されるという説が勢いを増している。
   
    しかし、それは現行版でも不適合である。なぜなら、ISO14001では組織は環境影響低減の取り組みの意図や狙いを環境方針に明確にし、その実現を図る責任があるのだが、この環境方針は「組織の活動、製品、サービスの性質と規模及び環境影響に照らして適切でなければならない」と規定( 4.2 a)項)されている。本来業務に関係ない環境取り組みを掲げる環境方針が不適合であるのは議論の余地がない。活動、製品又はサービスだから「どれかひとつの」という意味であるという解釈は4.2. a)項が何のためか考えればナンセンスである。
 
   ISO14001は、国際的に合意された組織の環境責任を果たすのに必要な仕事の仕方を規定している。組織はその利害関係者のニーズや期待を満たすような環境影響低減に可能な最大限の努力をし実績を挙げれば、地域住民による立地の容認、顧客による製品やサービスの購入、投資家や金融機関による投融資などの利益を期待できる。これを仲立ちするのが審査機関の発行する登録証である。組織のISO14001適合の環境取り組みとは、諸利害関係者のニーズや期待を満たすものでなければならず、規格の「環境方針は組織の活動、製品、サービスの性質と規模及び環境影響に照らして適切でなければならない」との規定はこの意味である。これへの不適合を許容してはISO14001はその存在意義を失するから、4.2 a)項は認証審査の最も重要な点である。従って、規格作成或いは審査機関の関係者までもがこのような認証登録が現行版では認められていると述べていることは驚きである。
   
   日本のISO取り組みでは、本質を顧みることも議論することもないまま、規格を登録証取得のための組織への要求として、翻訳規格たるJISの条文の日本語文言に基づいて、要求事項対応という形式重視の解釈が幅を利かせている。この風潮の中で論拠を示さない神様の御託宣式の解釈も容易に鵜呑みにされる。認証厳格化の説明は理由や論理展開においてご都合主義であり、引用された変更が誤訳の修正に過ぎない和訳文の文言変更であるという事実にも言及していない。改定版発行についての新聞発表を含むISOの公式見解と明らかに異なる認証厳格化論が唱えられるのは、そんなものは誰も気がつかないと高を括ったものか、解説者自身が読んでいないのか。
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23. 遂に全国誌に登場、「"要求事項"は"必要事項"」という真実
   多くの企業は 「規格が要求しているからと品質マネジメントシステムを構築しているが、 ISO9001の要求事項には "こういう仕事の仕方が必要" と書いてあるに過ぎない」と、雑誌 "日経ものづくり" 2004年 11号は「ISO9001失効の裏側」と題する解説記事で述べている。日本では、「要求事項」を審査登録のために “規格が組織に要求する事項” であるとするかの解釈が大手を振っており、記事のような解釈が全国的な雑誌で披瀝された前例を知らない。 筆者は取材を受けたが、記事の解釈が取材結果の反映であるなら、筆者の "ISO 実務の視点" の規格理解が初めて直接的表現で外部に採り上げられたことになる。
 
   「要求事項」は requirement の和訳であるが、この “要求” という日本語が一人歩きして、「〜は規格の要求である」などという規格解釈が広く行われている。 最近のISO14001改定関係の記事でも 「要求が〜に変わった」式の説明が幅を利かせている。しかし、requirement の規格の定義(1)は、「必要とされるもの又は期待されるもの*」であり、英語としての requirement の一般的な意味も、例えば、something that you need or want 及び something that you must have in order to do something である(2)から、”何かに必要” という意味である。 規格の requirement は ”要求”事項ではなく、”必要事項” ないし “必要条件” という意味であると理解するべきである。
 
   ISO9001、14001の両規格は、組織と製品に利害を有する顧客を初めとする諸関係者のニーズと期待を満たす品質の製品の供給、或いは、環境保全を組織が行うことに関する国際的な指針である。 「要求事項」は、このような品質保証、或いは、環境影響低減の実現のために組織が行わなければならない “必要事項”、或いは、行うべき仕事に対する “必要条件” である。 「要求事項」の解釈は、何をしなければならないかではなく、なぜそれが必要かという観点で行うのが正しい。また、組織は、品質保証、環境影響低減に関する利害関係者のニーズと期待に応えるのに “十分な” 程度に “必要条件” を満たして仕事を行わなければならない。 ”日経ものづくり” の記事の「ISO9001は必要条件であって十分条件ではない」という記述はこの意味である。
 
   逆に、組織が “必要条件” たる「要求事項」に沿って “十分な条件” で、つまり、効果的に業務を行えば、利害関係者のニーズと期待に応えるのに必要な品質保証、環境影響低減を実現することができる。登録証は、組織がそのように必要な仕事を行っており必要な結果が達成されていると信じてよいという利害関係者に対するお墨付きである。これに関して ”日経ものづくり” の記事は、「一定の品質保証の仕組みを整えて、それにのっとって仕事をしていれば ”品質が保証されるはず” と考える」と、国際貿易における品質保証がISO9001制定の狙いであることを記し、「管理体制と製品の品物は別物だ」と言っていては「ISO9001に対する信頼はなくなってしまう」と問題提起している。筆者は審査登録制度の意義をここまで正確に述べた全国誌を知らないし、記事のこれらの部分も筆者が取材を受けたことの反映であるとすれば、この “ISO 実務の視点” の論点も初めての全国デビューである。ただし、筆者の名で引用されている「審査登録機関が製品の品質まで保証してもいいはず」とのコメントは筆者の考えと合致しない。
 
日本のISO取り組みの問題点のほとんどすべての背景に requirement を 「要求事項」と翻訳し、”要求” を一人歩きさせたことがある。深刻なことは、”要求” 事項の誤解に代表され、そこから波及するISO取り組みの種々の問題がこの世界をリードする識者、権威者に始まることである。”日経ものづくり” の記事は ”ISO 実務の視点” の業界秩序に反する考え方をも取り入れ、現実に確かなメスを入れたものであり、そのことを多としたい。
   
*印は筆者の翻訳
(1) (ISO9000 3.1.2)
(2) (Oxford Advanced Learner’s Dictionary)
(3) IEC GUIDE21:国際規格の地域規格または国家規格としての採用)
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22. ISO9001はそれだけでは "効果が出ない" 規格か ? 
     形骸化したISO取組みのもたらす問題が遂に、認証取得の"効果が出ない"がどうすればよいかの議論を引起こすまでに至った。議論の多くは組織の規格に対する無理解を原因に挙げるものだが、そのあまりか、ISO9001だけで"効果が出る"と組織や世間が誤解しているところに問題があるとの主張が現れた。曰く、規格は最低必要限度の、又は一般的な要求事項しか規定していないので、本来規格だけでは"効果を出し得ない"のである。"効果を出そう"とするなら、組織の顧客の独自の要求事項はじめ組織に特有の諸要素を追加しなければならないとの主張である。
   
   この主張は奇妙である。 第一に「最低必要限度」とは、何かの効用を得るために最低限必要という日本語であるから、ISO9001の狙いの"効果を出す"ために最低限必要な要求事項という意味となる。「最低必要限度」だから"効果が出ない"では理屈にならない。また、ISO9001は「顧客、規制及び組織に特有の要求事項を満たす組織の能力を評価するために用いられる*」(1)と規格序文に明記されている。ISO9001 が一般的な要求事項しか対象にしていないというのも当たらない。更に、規格適用の目的は顧客満足向上の実証又は追求(2)である。組織が顧客満足向上を図るという"効果を出す"ために規格は作成された。規格だけでは"効果が出ない"というのは規格制定の理由と規格の意図に反する主張である。
   
   最後に、審査登録は「品質マネジメントシステムを効果的に実施しかつ維持していることを実証するもの」(3)である。「効果的に実施」するとは、顧客満足向上が図れるという"効果が出る"ようにマネジメントが行われているということである。審査登録機関は、"効果が出ている"と判断したから登録証を発行しているのであるから、ISO9001 だけで現実に"効果が出ている"のである。
   
   日本では、審査合格の形式重視の規格解釈と登録取得を目的化した規格取組みが大勢を占めてきた。これこそが"効果の出ない"原因である。規格自身に"効果がない"という主張がこの規格解釈の不適切さを糊塗するように利用されることがあってはならない。 それに、規格だけでは"効果が出ない"とは、これまでISO9001の適用或いは登録取得を勧める話の中で出てきた例を知らない。 もしこれを知らされていたなら組織は果たして大金と労力をかけて規格適用と審査登録に走ったであろうか。

(1) ISO9001, 0.1、 (2) 同, 1.1、 (3) JAB R300-2002 改1, G.2.1.2
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21. 審査のばらつきは受審組織が原因  
   ISO規格取組みに関して審査のばらつきが しばしば問題となるが、審査員の規格解釈能力や審査対象業務に関する知識の不足に原因があるとする見方が一般的である。
 
   しかし現実に様々な規格解釈が発表される中で審査員はそれぞれ独自に自身の解釈を構築せざるを得ない。 審査員の解釈が分かれるのは当然である。また、審査員には過去の実務経験に基づき"専門性"が認定され、審査チームには対象業種の専門性が確保されることになっている。 当該業種に疎いため的外れの指摘をしたなら、審査員を選んだ審査機関の責任である。どちらの問題も直ちには審査員に責を帰すことは適切でない。
 
   そもそも審査のばらつき、つまりは審査員と指摘に対する受審組織の不満は当を得たものではない。監査員は不適合指摘に際してはその根拠となる証拠を提示し、被監査者の合意を得る努力をするのが監査の原則である。合意出来なければ審査員は監査報告書にそれを明記しなければならない。これは審査機関内の登録可否判定の審議に影響を及ぼすことは必至である。更に審査機関は、受審組織からの異議を受付け、処理する手順を持つことになっている。 組織は納得のいかない指摘に泣き寝入りする必要はないのである。
 
   日本では要求事項は登録証を求める組織に対する"規格の要求"である。 発表される規格解釈のほとんどは神の啓示よろしく根拠を示さない結論の提示である。 審査での「規格が要求している」との理屈抜きの不適合指摘を組織は平伏し受入れる。 不満な指摘でも組織が受入れるのは、規格解釈が審査員の権限かの誤った認識が背景にある。
 
   しかし、規格は効果的なマネジメントの必要条件を規定した、過去の成功体験に基づく理論の体系である。規格解釈は組織にとって必要かどうかの観点で、組織が主体的に行うべきなのである。組織は納得できない指摘には自らの利益のために反論するべきである。監査はそういうものであり、登録制度も反論を受入れるようになっている。審査のばらつきの原因はばらつきを許容している受審組織の側にあると言える。 それは、規格と審査の本質を顧みずにひたすら登録証を追い求める組織の安易なISO取組みのつけでもある
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-21>

20. 継続的改善はマネジメントの普遍的目的
   日本では ISO9001,14001 認証取得の組織の大半がその効果を実感できていないという事実がISO関係者にも認められ始めている。このような場合に規格導入の利益として挙げられるのが継続的改善である。確かに両規格とも継続的改善を謳っている。
   
   規格はマネジメントシステム規格であり、マネジメントの在り方に関する必要条件を規定している。マネジメントとは各層管理者の業務であり、作業活動を直接担当し実行するのではなく、それが効果的、効率的に行われるようにする業務である。具体的には、手順の決定、要員の教育や指導、作業の実行指示、作業実行状況の監視、結果の把握等々である。管理者は業務の手順を決め担当者に実行させ、問題が生ずれば、原因を調査して再び問題が起きないように手順を変更する。これを担当者に教え、その実行を監視し指導して、改善された新手順を職場に根付かせる。また、日々の業務を通じて、自部門の機能や役割を果たすために支障となっている問題点、或いは、より良く役割を果たすためにとり得る処置について常に考え、課題を特定して必要な手続き、処置をとり問題を改善する。
   
   管理者の業務つまりマネジメントの本質は改善である。改善はマネジメントの存在理由であり、その普遍的目的である。管理者は問題現象を、それらを生んだ業務の問題点の改善により解決している。すなわち、マネジメントの目的の改善は業務の改善であり、改善を繰り返すことによって業務体質を強化し続けることである。両規格の継続的改善は、不適合の是正、予防処置を通じた活動と目標を設定し達成を図る活動とによるシステムの改善のことであるから、実務的には業務改善の繰り返しによる業務体質の継続的な強化の活動に他ならない。規格の継続的改善はマネジメントの普遍的な目的を指しており、規格に特有の概念ではない。規格に特有の主張があるとすれば、体系的なマネジメントという点である。
   
   日本では審査合格優先の規格解釈から、組織にマネジメントシステムという新しい業務の仕組みが持ち込まれている。この取り組みでは、規格が品質、環境の全社的な改善運動を要求していると見做されている。焦点はパフォーマンスの改善に当てられ、トップマネジメント初め各層管理者は旗振り役で、改善実行は専ら担当者が担う。 規格適用の利益として継続的改善が挙げられるのは、このような規格取り組みの実体を反映した誤解にもとづくものと思われる。
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19. 自治体のISO14001認証登録は税金の無駄遣い?
   日本では自治体のISO14001の認証登録が進む中で審査登録機関による認証登録をとりやめる自治体が現れている。これは、規格と認証登録制度の趣旨に適う正しい判断である。
   
  どの組織もその活動、製品、サービスに付随して環境に悪影響を及ぼしている。一方でその影響を受ける各種の利害関係者は、組織に環境保全努力を望んでいる。ISO14001は、組織がこのようなニーズと期待に応えて環境影響の低減に取り組む場合の指針であり、環境改善のマネジメントの諸業務が効果的、効率的に実行されるための必要条件を規定している。
   
   組織が規格に沿って業務を行なえば、利害関係者のニーズと期待に応えた環境影響低減を達成することができる。このことによって組織は利害関係者の支持を得て事業上の各種利益を享受することができる。環境改善の成果は一挙に出るとは限らず、組織のマネジメントがISO14001に適っているとか、着実な環境改善成果が期待できるということは外部から伺い知ることは困難である。第三者機関の登録証は、日常的には組織の活動や製品に疎遠な利害関係者に対して、組織の環境保全努力がそのニーズと期待に応えているということを保証するものである。
 
   しかし自治体の場合は、努力や成果が身近な地域住民には目に見えるし、広報誌等で知らせることができる。規格は組織による適合性の自己宣言を認めている。わざわざ大金を使って登録証という環境保全努力の証明を得るまでもない。それに、住民が自治体の環境保全努力を比較して居住地域を選ぶというようなことはないから、競合他組織と争って支持を得るための道具としての登録証の効用もない。
 
   日本ではISO9001/14001を組織の業務に適用することが認証登録とほとんど同義語となっている。規格に従って環境マネジメントシステムを確立した自治体が当然のように、認証審査を受けて登録証を取得するのもこの誤解に起因するのであろう。公務員の仕事振りを住民に訴えるための登録証を税金を使って取得するのを住民が望んでいるとは思えない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-19>

18. 規格解釈は誰のためか? −旧版誤訳を糊塗するISO14001改訂説明
   ISO14001の基礎となる環境側面の特定に関して 4.3.1項は、「組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる(中略)環境側面を特定する」べきことを規定している。この解釈としては、環境側面に「組織が直接管理できる環境側面」と「組織が影響力を及ぼすことができる環境側面」の2種類があるとするのが一般的である。
   
   しかしこれは日本語解釈としては無理がある。「かつ」でつながれた前後を異な2種類のものと解釈することはできないし、「影響を生じる」はそのままでは「影響力を及ぼす」にはならない。にもかかわらず、これは規格解釈としては適切である。なぜなら、英語原文は「the environmental aspects (中略) that it can ontrol and over which it can be expected to have an influence」であり、正に、組織が「管理できる」と「影響力を及ぼすことができる」という2種類の環境側面が規定されているからである。 JISQ14001は翻訳規格であるからその解釈は翻訳文たる日本語に囚われる必要がなく、むしろ問題点は原文に立ち返るのが本筋である。「かつ、影響を生じる」という和訳は誤訳の類である。
   
   ところでISO14001解釈委員会はこの問題を取り上げ、「組織が直接的に管理しているものに加えて組織の活動などが客観的に見て何らかの影響力を行使できると判断される範囲のもの」を意味すると説明している。2種類の環境側面説である。この結論自体は適切だが、「かつ、影響を生じる」が「〜に加えて影響力を行使できる」を意味するのだという論拠は何も示されていない。
   
   2004年改定DIS版でこの「影響力を及ぼすことができる環境側面」に関する英語条文は「those which it can influence」と表現が単純明快になった。海外の解説は条文の変化に触れないか、触れても表現の明確化としか説明していない。 ところが日本では、この新条文を「組織が管理できる環境側面及び影響力を発揮できる環境側面」と和訳して、この和訳文と現行版の和訳条文との違いを根拠に変更が意味のあるものとして説明されている。 中には、現行版が誤解を生じやすい表現なので記述が変更になったとまで説明されている。
   
   規格は国民の環境保全のニーズに応え、持続可能な発展を図る組織の努力に対する指針である。規格について解釈を発表する者はその社会的責任を自覚しなければならない。 責任ある立場にあれば特に、恣意的な規格解釈や説明は慎み、説明に根拠を示し、立場上知り得た情報は自らの主張と区別するべきである。本来、規格解釈は規格使用者に委ねられるべきであり、組織や国民、地球環境の利益に資すよう行なわれなければならない。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-18>

17. 製品の品質とシステムの品質  
   登録証は、組織の仕事の仕方を認証するもので、個々の製品の品質の認証ではない。このため ISO9001の登録証は製品に直接表示できない。しかし登録証は、不良製品が顧客の手に渡らないための適切で妥当な組織の努力の保証であり、組織の製品、サービスの品質を信頼できるという顧客への保証である。これが認証登録制度の趣旨である。
 
   一方、登録証が保証するのはシステムの品質であって、製品の品質ではないという考え方がある。この考え方では、組織が致命的な或いは重大な品質事故を起こした場合でも、原因追求と再発防止対策がきちっと行なわれるならば、その品質マネジメントシステムは健全であるとみなされる。 悪いのは製品の品質であって、システムの品質は問題ない。
 
   ISO マネジメントシステム では製品はプロセスの結果であり、ある目的のために種々のプロセスが相互関係をもって結びつけられたのがシステムである。従って組織が顧客に提供する製品やサービスはシステムの産物である。製品が悪ければシステムが悪いからである。ISO9001の品質 マネジメントシステム の目的のひとつは組織が品質不良の製品、サービスを顧客に提供するのを防止することである。組織がこのシステムを効果的に実施すれば、顧客が不良製品を手にする危険を限りなく小さくできる。システムの品質とは、不良製品をどこまで抑止できるかであり、品質事故の発生度合いで評価されるものである。規格の論理では、製品の品質はシステムの品質の結果であり、両者を別物とする考えにはならない。
 
   審査合格が目的化したISO マネジメントシステム 取組みにおいては、規格要求事項に適合する形式が重視される。 審査ではシステムにこの形式があるかどうか、この形式が実行されているかが重視される。システムが不良製品防止という目的に有効かどうか、その目的が果たされるように効果的に実施されているかどうかは通常、審査の対象にはならない。 これは正に、登録証は製品の品質と無関係にシステムの品質を保証するものであるとする考え方の反映である。
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16. 論理の説明のない簡易版EMS  
   中小企業でも容易に取得できることをうたい文句にした、いわゆる簡易版EMSがいくつか存在する。 いずれもISO14001を基礎としながら、その要求事項を緩和して取り組みと登録取得を容易に、安価にしたと主張している。 腑に落ちないのは、なぜISO14001の要求事項を緩和できるのかということである。 これはどの簡易版EMSも説明していない。
 
   ISO14001規格は、組織が社会の環境ニーズと自身の経済的存立を均衡させつつ活動と製品の環境への悪影響を継続的に着実に改善するという環境マネジメントに対する必要条件を規定しているものである。 この規格の要求事項に沿って業務を行なう組織は、環境保全のためにコストである環境対策に精一杯取り組んでいると認めるに値する。 これは国際的共通認識であり、合意である。認証登録制度は環境保全にこのような正当な努力をしている組織を社会、顧客初め諸利害関係者に公報するためである。
   
   各簡易版EMSは、ISO14001の規定する正当な環境保全努力の一部の遵守が困難だからといってその努力をしない組織を、なぜ正当な努力をしているといえるのかを説明しなければならない。簡易版EMSを肯定するTC207国内委員長吉澤 正氏も「確かにISO14001の一部だけ行なって、それでEMSでいいのかという問題はあります。」と雑誌の対談で答えている。
   
   また、ISO14001に規定された努力をしない組織が取得する登録証はどのような意味を有しているのか、利害関係者は登録証から組織について何を判断できるのか、の説明もなされるべきである。 簡易版EMSは、ISO14001の対案であり、その問題点を改善したものと主張するなら、その相違や特徴に対する論理を明確にしなければならない。 取組みの容易さ、登録取得の安価さはわかっても組織が取り組む価値のというものが判断できないし、各利害関係者にも登録証の意味がわからない。
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14. 必要条件と十分条件 − 機能するISOシステムにするには  
   日本のISOマネジメントシステムの大半が機能していないという原因は審査合格優先の形式を重視する日本の常識的な取組みにあるが、その元は規格や要求事項というものの本質の理解がおろそかにされていることである。
 
   規格は組織が顧客やその他の利害関係者の必要又は期待を満たすように品質改善或いは環境改善に取組み、実績を挙げることを目的に制定されたものである。 組織は規格に従って諸業務を運営管理(マネジメント)すれば、必要な品質或いは環境改善を着実に達成することができる。規格は、事業の維持、発展の必要から品質或いは環境改善を図りたいと考える組織が、その諸業務をどのように運営管理(マネジメント)しなければならないかを規定している。
 
   要求事項に従ってマネジメントを行なえば本当に必要な品質改善或いは環境改善が達成されるのかという疑問に対してISOの当事者は、規格が規定するマネジメントの在るべき姿とは規格作成者の単なる思いつきではなく、世界の各企業の成功体験を織り込んだ最新のマネジメント理論として世界の専門家が合意したものであると説明している。 実績に基づく科学的な理論であるから、規格に従ってマネジメントを行なえば組織は必要な品質或いは環境改善を達成できると信じることは合理的である。
 
   然るに規格の規定は改善達成のためにはこうでなければならないとの必要条件であって、こうすれば必要な改善が達成できるという十分条件ではない。要求事項を満たしただけではシステムは機能しない。しかし規格は、マネジメントの業務体系(マネジメントシステム)の必要条件を規定した上で、それが効果的に確立、実施、維持されるべき必要をも規定している。 つまり改善達成には十分条件をも満たさなければならないということを明確にしている。
 
   規格適用の効果に関する本当の問題は、規格の要求事項は必要条件であって十分条件ではないということである。システムの構築、運用に当たっては、要求事項を単に満たすのではなく十分に満たすことが必要である。 品質又は環境改善を達成するのに十分な業務体系を確立し、運用すること、つまり機能するシステムが、規格の本当の要求事項である。
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13. 審査とコンサル分離の JAB 新指針 
   審査登録制度の信頼性確保のため、審査とコンサルティングの実行区分を厳格にするJAB新指針が11月1日から施行される。 これにより、審査機関を巡る商習慣に相当の制約が加わることになり、指針の運用次第ではISO業界の構造を揺るがすことにもなる。
   
   折しも JAB はアンケート調査結果で、「ISO9001が有効に機能した」と答えた組織は、「大いに」と「かなり」とをあわせても52%だったと発表した。これについて報告書は「有効に機能していると評価している組織が過半数を越えている」と肯定的である一方、内部監査がシステムの有効性を確認し、システムの改善を図るというように活用されていないと指摘するなど、「有効でない」ことが組織の問題であるかの分析をしている。
 
   ところで JAB新指針は、審査機関とコンサルティング会社ないし受審組織との癒着により、認証審査の基準が歪められているのではないかとの社会の不安が背景である。審査に手加減しないと合格しないような"いい加減なシステム"の持主の組織とその製品には信頼は置けない。これは認証登録制度のイロハである。 そして "いい加減なシステム" とは規格の狙いを達成していない「有効には機能していない」システムである。 社会の不安の本質は「機能していないシステム」に対して「システムが効果的に運用されている」として登録証が発行されていることである。調査結果の機能していないとされるシステムのすべてが審査とコンサルの癒着の結果ではないだろうから、JAB新指針は社会の不安の解決にはならない。
   
   仕組みさえ整っていれば結果を問わないかのシステム審査の現状では、癒着が疑われるほどに審査機関がどのようにも合否を判断できる。 機能しているシステムにしか登録証を発行しないというように、認証に絶対の基準を適用することが問題解決の唯一の道である。癒着とか審査のばらつきなど社会の問題指摘が一挙に根本的に解消できるし、これこそが、ISO9001、14001規格の認証登録制度の本来の意図である。
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12. ISO思考停止症の管理者達 
   日本では登録取得ということが組織が規格を適用することと同義語となっている。登録取得を重視するあまり、組織は審査機関の規格解釈に神の啓示の伝達かの如くひたすら頭を垂れる。組織の管理者はISOに関する限り思考停止症に陥っている。
   
   規格は組織のマネジメントに関して人間が組み立てた論理の体系であり、品質、環境に関する事業課題に取組む効果的なマネジメントの在り方を示している。いわば組織運営の教科書であり、内容は組織の管理者の仕事に対する指針である。要求事項の解釈は「なぜこれが必要なのか」を考えることが出発点であるべきだ。
 
   例えば、ISO9001、14001両規格で日本語訳が異なるが、教育訓練は必要な competence と awareness を要員に身につけさせる手段である。規格で「力量/能力がある(competent)」とはその要員にその仕事をさせてもよいということである。力量/能力のない要員には教育訓練を施すが、その記録はその要員がその作業に力量/能力があることの証拠となる。つまり、どのような教育訓練を受けたかは、その要員の力量/能力の指標である。教育訓練の記録を用いれば、新任の管理者でも部下のそれぞれを間違いない職場に配置し、作業を命じることができる。現実には多くの組織で手順書改定の教育の記録が整然と保管される一方、新人の職場配置のためのOJTの教育訓練の記録はあいまいである。手順書改定の周知は必要であるが、その教育の記録を後に使用するかという観点からは規格の意図する記録ではない。考えればわかることだ。
 
   規格は他ならぬ管理者の業務に対する指針である。規格は日本の物づくりのマネジメントが下敷きなので、要求事項の多くは日本の管理者にとってはほとんど常識的である。 ただし各種の要素を織り込んだ包括的な論理の体系であり奥が深い。部下を指導監督する管理者たる者、規格を自ら学び自ら考えなければならない。また、その価値のある規格であると思う。
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11. 規格の意図に沿わない内部監査の落し穴  
   ISO9001,14001両規格とも、組織が内部監査を行なうことを規定している。規格の内部監査はマネジメントシステムの計画と実施及び維持の両面で行なわれる。 実際の内部監査では、後者の面を主体に行なわれ、承認印の欠如、文書の改定遅れ、記録記入もれ、手順の逸脱、あるべきもの不在など、決められた事の不遵守が不適合指摘の大半を占めている。 そして、不適合指摘とその是正処置の多いことが監査の有効性の証とみなされる。 それは内部監査が、認証審査での不適合指摘をなくする組織の自主的活動と考えられているからであり、問題点を見出し是正することによって、そのマネジメントシステムの適合性を改善することが目的と考えられているからであろう。
   
   しかし、何であれ決まりや決め事がきちんと守られ実行されるということは組織運営の基本であり、人々に決まりを守らせ、その目的の実現を図るのは各層管理者の最も基本的な責任である。 ISOマネジメントシステムの確立とはいわば、この決まりを明確にすることであり、決まりは守られ実行されることが前提である。 それに監査は本来、業務の遵法性或いは妥当性に問題がないことを第三者が客観的に確認することであって、存在する不適合の是正が目的ではない。
   
   実際、規格が内部監査に求めているのは、システムという業務の体系が「効果的に(ISO9001)或いは適切に(ISO14001)実施され,維持されている」か否を決定することである。 効果的、適切な実施とは、システムとその諸業務が方針や目的・目標に定めた所定の必要な結果を出すように実施されているという意味である。 決められた事の遵守とその確認は管理者の日常的業務である。 内部監査はその上で、決められた通りに業務が行なわれて各業務が所定の結果を出しているかどうかを、客観的、専門的な立場から評価、検証する活動である。
 
   日本では、内部監査が決まり事の遵守を図るための部門間の相互チェック活動であるかに取り扱われ、 決められた事が守られていないことの発見と指摘が内部監査の役割となっている。これは規格の意図ではない無意味な活動であるばかりか、決まり事の遵守という絶対の価値観に対する人々の認識と判断を狂わせ、管理者の責任感をあいまいにする危険をはらんでいる。永い年月の間に悪くすれば、職場秩序の崩壊を招きかねない憂慮すべき問題である。
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10. 製品の改善、環境パフォーマンスの改善 は不必要か ? 
   日本ではISO9001、14001の両規格とも マネジメントシステム の改善が要求事項であって、製品の改善や環境パフォーマンスの改善は要求事項ではないというのが、一般的な解釈となっている。 製品や環境の改善は必要でないのだろうか。
   
   ISO9001の目的は顧客満足の向上であり、それは組織が顧客のニーズと期待を満たす製品を供給することで達成することができる。 品質マネジメントシステム はこれを実現させるための手段であり、 マネジメントシステム は マネジメントの業務体系のことである。組織は、マネジメントの一連の業務を規格に沿って確立し、実行することによって顧客に受け入れられる製品を供給することができる。しかし顧客のニーズと期待は変化し、市場競争や技術進歩があるので、それらに応じて組織は製品を改善しなければならない。 規格の5.6.3 b)項 マネジメントレビューの「製品の改善」はこれらに関する組織の戦略的決定を意味している。 有効性とは目的達成能力のことであるから、品質マネジメントシステム の有効性とは、変化する時代に対応して製品を変化させることができるかどうかである。 必要な製品の改善が出来ずに競合他者の後塵を拝する結果を招いたとすれが、それは仕事のしかた、つまり、業務体系が適切でなかったからである。 この反省を業務体系の変更に反映して、以降の仕事のしかたを改善することが、品質マネジメント システム の有効性の改善である。 5.6.3 a)はこの種の決定のひとつである。
   
   ISO14001については規格の目的が序文で「環境保全と汚染予防を援護すること」と明確にされ、継続的改善の定義にも「環境パフォーマンスの改善]が織込まれており、 実際にも環境目的、目標(4.3.3項)の下に環境負荷改善の活動が行なわれているので、ISO9001とは若干異なった状況にある。 しかし、認証審査で改善の実績にはほとんど焦点があてられない点では両規格で大きな差はない。
   
   認証登録制度は組織が品質或いは環境に関する顧客その他の利害関係者のニーズや期待に応える努力をしていることにお墨付きを与えるものである。にもかかわらず、システムの改善が規格要求事項であるとして製品や環境負荷の改善実績と無関係な審査があるとすれば、審査登録制度の意義が問われる。 そもそも、規格の目的は品質、環境の改善であり、その達成が組織に事業発展に係わる種々の利益をもたらすのである。実益のない業務体系の構築と運用を組織に求め、登録証を交付するというのは、両規格の作成の意図ではありようがない。
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.記録の意義 
  日本ではISO規格導入組織の問題意識の筆頭は、文書量の多さとその管理の手間の煩雑さであるが、これにはとるべき記録の多さとその保管管理の手間の問題が含まれている。 規格において記録は「要求事項への適合」と「マネジメントシステムの効果的運用」の証拠であるから、組織にとって認証審査への重要な備えと写り、審査合格優先のISO取組みでは、審査員の判断を容易にするために実務上の意味のない多くの記録と永い保管期間を設定しがちである。
 
   翻って、業務に関する事実や実績を記した文書である記録は、証拠としての役割以上に、組織の業務の効率的かつ効果的な実行に重要な役割を果たしている。 即ち、記録は、組織内での知識や情報の共有、共通認識の形成を促進し、組織内の議論や問題検討に無駄を省き効率を上げる。また、個々人の記憶や勘に頼らない、事実に基づいた判断や決定は適切で間違いが少ない。問題が起き、或いは機会があって必要な関係事項を調査した場合にこれを記録にしておけば、次の同種の問題検討の際に再調査の手間を省ける。 新しい問題や何かの問題解決への取組みの際には、過去の記録を参照することによって取組み自身が効率化できるだけでなく、同種の失敗を回避でき、過去の対策を繰返す堂々巡りに陥ることを防ぐことができる。
 
   記録はそれ自身価値ある情報であるが、多くの記録を生データとして分析することによって、それぞれの事実の裏に潜む真実を炙りだし、個々の記録ではわからなかった事実を見出すことができる。データ分析は問題の根や改善の芽を見出す有力な武器である。その記録は利用価値が高い分だけ生データ以上に保管の重要性は高い。

   組織の実務において記録の果たす役割は多様で重大である。規格は間接的には種々の場面で多様な活用を示唆しているが、要求事項は記録のごくわずかな部分に触れているに過ぎない。記録は組織の経験と知見、開発技術の集積である。その多様性と量は質と合わせて組織の業務の競争力の源泉である。 何をどのように記録し保管するのか活用するのかは、規格要求事項を越えた判断が必要である。ISO規格のために記録の管理が大変と嘆く組織は、実務に使用していない記録がないか、また、実務での活用と無関係な永過ぎる保管期間の定めがないのかを点検するべきである。
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.文書のスリム化とシステムのスリム化  
   日本ではISOマネジメントシステムの問題点の先頭にいつも挙げられるのが文書管理の煩雑さである。最近、組織の抱く文書管理の問題意識に対応して、システムや文書のいわゆるスリム化に関する議論が拡がっている。 この議論は多岐にわたっているが、すべての手順をマニュアルに集約したとか、全文書の厚さを○○mmまで薄くしたとの、文書の中身を少なくする方法論が盛んである。
 
   文書化の目的は多様であるが、基本は業務の標準化のためである。業務の手順決めて明確にし、皆がいつもこれに従って業務を執り行えば、常に同じ結果を得ることができる。結果に問題があれば手順を改め、また、改善をもたらす誰かの経験や提案が採用されればそれを手順の変更に反映させ、これが皆に実行されることにより、結果の改善の実績が組織内に定着する。こうして組織の業務手順は業務目的をより効果的且つより効率的に達成できるように改善されていく。これが標準化の効果である。標準化はまた、人事異動や新人の採用に伴う組織の業務能力の低下を防ぎ、退職する熟練者の経験、知識を組織内にひき留め、技能伝承を円滑化することに寄与する。
 
   業務の効果的な標準化には、手順の文書化がほとんど必須である。 手順は文書化してこそ組織内に徹底でき、改善を取込むことができる。文書は、組織の経験や知識、知見の集大成であり、その中の手順が、良い結果を効率よく達成するという点で組織独特の優れたものであるなら、文書は他組織に対する競争力である。 わかりきった常識的なことは文書化しても無意味である。 しかし、組織独自の経験、発想、技術などに発する手順は詳しく書くことが組織の利益である。 また、複雑な手順を多くの要員に間違いなく理解させるには詳しく文書化することが効果的である。手順が文書量の多さはそれ自身が悪という訳ではない。それがにもたらす管理の煩雑さは、文書体系や文書化の在り方、文書の形式と記述、文書管理の仕組み等々の工夫によって改善すべきである。
 
   問題は、膨大な文書量と手間と費用を嘆く声の背景には、文書や記録を審査の直前に整えるという極端な例も少なくないように、 実際の業務に使っていない文書や記録が多いという事実である。これには、審査合格のための形式を重視する"審査の視点"の規格理解が関係している。 文書管理の容易化のために必要なのは、 審査合格に必要とされるが実務には不必要な業務や書類をなくすることである。効果的な業務遂行の手段となっている文書ならその中身を削っては逆効果である。 文書のスリム化とシステムのスリム化は意味も効果も異なるのであり、今日の日本で必要なのはシステムの贅肉を切り落とすシステムのスリム化である。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-08>

. システムを構築する ということ 
  ISOマネジメントシステムを構築する」と聞くと「ISOマネジメントシステム」が何か形のある造形物であるかの如く感じてしまい易い。「構築」とは、「構え築くこと」「建築あるいは土木工事を行なうこと」であるからである。 この結果、「システム」なるものが、文書や記録、書式、帳票、台帳、一覧表など一連の書類から成るものであり、マニュアルや手順書に記述される「業務の仕組み」を創り上げることであるかの錯覚を抱くことになる。
   
 「システム」とは「system」のカタカナ英語であり、多数の要素がばらばらに集まっているのでなく、特定の機能を果たすために有機的に結びつけられた状態を意味する。そして規格のマネジメントシステムを構成する要素は、組織の体制、計画活動、責任、行為、手順、業務、資源などである。 因みに ISO9001の2000年版ではプロセスアプローチの考えからシステムとは「諸業務(プロセス)の有機的集合体」であるが、表現上の違いだけであって実質は同じである。システムを日本語で表現するなら「業務体系」が適切であると思う。
   
   ところで、「構築」という用語は規格でも関連文書でも用いられていない。 これに相当する用語は「システムを確立する」である。この「確立する」は「establish」であり、「恒久的な規則とする」「確固たらしめる」「存立をもたらす」、或いは、「永く続かせる組織やシステムを開設又は創設する」という英語である。「構築」が形のあるものを造り上げるという意味になるのと違って、「確立(establish)」はあいまいな或いは存在しなかった概念的なものを明確にし確固たるものにするというような意味である。
   
   今日、事業運営の上で品質や環境に関して何の処置もとっていないというような組織はまず存在しない。規格が意図する「システム構築」作業とは、これら既存システムの実態を整理して明確にし、規格の要求事項と比較してその差異を把握し、差異を埋めることである。 規格要求事項を満たすマネジメントの業務体系を明確にし確固たるものとすることが「システムを確立する」ことである。
   
   規格はシステムを「構築せよ」とは言っておらず、「確立せよ」と言っている。何もないところに新たに何かを創り出すようなことではない。 また、「構築」は、業務体系という概念的なものを有形物かに誤解させる土壌となっていることからも適切な表現ではない。 筆者も適切でないと思いながらも定着した「システムを構築する」という表現を使っているが、このような不適切な表現や概念が易々と定着してしまうのは、「マネジメントシステム」とは何ものであるのかという基本問題が論じられることがないまま、審査合格の方法論が幅を利かせる日本のISO取組みの実態と無関係ではない。
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. 役に立たない ISOマネジメントシステム の行く末  
   ISO9001、ISO14001のいずれのマネジメントシステムも登録証を得たものの、システムが機能していると実感している組織は少ない。それでも関係者には「登録証を取得して取引機会を維持或いは獲得出来たからシステム構築の利益があった」と受けとめられているようである。
   
   仕様が国際的に統一され海外の製品が使用できることはわかっても、品質に関する不安が見知らぬ企業との取引に二の足を踏ませる。ISO9001登録証は、このような顧客に購入しようとする製品の品質への信頼感をもたらす。また顧客組織は、登録証を有する供給者の製品なら品質不良を引き起こさないと安心できるので、供給者に対する自らの管理の負担を軽減できる。 一方、ISO14001の登録証は、組織が社会や顧客など利害関係者のニーズと期待に沿った環境保全努力を精一杯実行している証である。組織を受入れ、製品を購買し、取引機会を提供し、投資の対象を選択するなどの際、当事者は登録証の有無を判断の基準とすることができる。また、環境保全型製品を事業戦略とする組織にとっては、その外注製品や購入部品の持つ環境影響を低減することが必要であるが、登録証を有する供給者ならそのような管理を自主的に行なうだろうことを期待できる。
   
   顧客など利害関係者が登録証の取得を供給者に求めるのは、供給者の製品の品質或いは環境負荷に関するニーズと期待があるからである。本当の要求は自己の利益に資する供給者製品の品質或いは環境上の改善であるから、登録証を取得しても、顧客組織の必要とする製品、サービスの改善が実現しないなら、やがてその供給者を見放すことになる。そして、実際にニーズや期待に応えていないと判断するに至ったシステムにも登録証が発行されていたとすれば、それら当事者は登録証を信頼しなくなる。
   
   登録取得組織自身がシステムの実益を実感できていない現状が続くなら、やがて登録証への信頼低下は雪崩をうつ如く、第三者審査制度やそれに裏打ちされるISO9001、ISO14001規格の信頼性も崩壊に向かうことになるかもしれない。消費者、顧客組織、地域社会、投資家、行政府など利害関係者は、自己の利益の実現のために法規制、要求仕様、監視、立入検査、監査、指導などの強化で自ら管理の行動を再開せざるを得なくなろう。これに対応する組織や社会的費用は産業の国際競争力を弱める。これは最悪の筋書きだが、現状が孕む危険でもある。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-06>

.すべては「要求事項」から始まった
   「規格の要求は○○である」「規格は○○を要求している」などの表現が頻繁に用いられている。JIS規格では「○○すること」という規定のことを「要求事項」と呼んでいるので、これが上の「規格の要求」という表現の背景であると思われる。そこで、「要求」とは「当然であるとして強く求めること」であり、当事者間で強制力あるいは権利を伴う強い意味合いの言葉である。規格が要求する相手が組織であるとするなら、規格が組織に「当然であるとして要求できる」理由あるいは権利は何であろうか。それは規格が「組織をして、認証審査に合格させ、登録証の授与を得さしめる」ための条件を示しているからに違いない。そして、現実に審査をし登録証を授与するのは審査登録制度であるから、これを担う諸主体が「要求する」権利を持ち、規格解釈の主導権を握ることになる。登録証がほしい組織は、規格要求事項とは「登録証授与の代償」と考えて、例え無益とわかっていても審査員の規格解釈を唯々諾々と受入れる。
   
   しかし、「要求事項」とは「requirement」の翻訳である。これは、「要求すること」の他、「必要なもの」と「必須条件」の意味があり、ISO9000の定義では、「必要とされるもの又は期待されるもの」である。 規格の意図における「requirement」は、「必要なもの」「必要条件」「要件」の意味であり、「要求事項」ではなく「必要事項」の方がを適切な日本語表現である。規格は顧客満足向上或いは環境保全を実現する効果的な業務の在り方を定めるものであるから、「requirement」とはそのために組織に必要な事項なのである。
 
   規格は世界の過去の実績と理論に基づいた最新のマネジメントの論理の体系である。規格は組織に登録証授与のために何事かを強制するものではなく、効果的な業務の在り方を指し示しているのである。規格解釈に審査の視点はありようがなく、組織の目標達成に必要か、役に立つか、の実践的観点で行なわれなければならない。当然、組織が主体的に行なうべきことである。
   
  日本工業調査会の公式調査(H14.12)でさえ規格導入組織の半数強しか導入目的を達成していないという日本の現状は、審査合格優先の取り組み、つまり、著者の命名による"審査の視点"に原因があると思われるのであるが、その元をたぐると、「requirement」に「要求事項」という日本語が充てられたことに行き着くように思われる。日英両語とも「要求する」と「必要とする」は似た意味をもつこともあるのだが、「要求事項」の解釈においては、組織にとって受け身の強制と前向きの自主性という天と土ほどの違いが生ずるのである。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-05>

.ISO14001導入は中小企業には重荷か
   ISO14001の認証取得が中小規模事業者には経済的・人的負担が過大であることを理由とする新たな環境保護認証制度がまたひとつ発足した。トラック輸送事業者に対する、経産省主導の「グリーン経営」制度である。そもそも、ISO14001は中小企業にとってそれほどに重荷なものであろうか。 答えは明白であり、否である。  なぜならISO14001は資源の乏しい中小企業や発展途上国でも適用できることを意図して作成されているからである。 これに関してはTC207文書に詳しいが、例えば、「中小企業と途上国に特有の必要事項をEMSの中核文書の中に織り込んだ」と記され、それら必要事項が「明確さ、適用性、実用性」であることが明確にされている。
   
  この内、「適用性」は規格が資源に乏しい組織にも適用できるということであり、そのために規格の枠組みは各組織が「そのEMSを組織に特有の資源と必要性に合わせることを許容」する「柔軟な」ものとなっている。 この基本が、「継続的改善の度合いと範囲は、経済的及びその他の状況に照らして、組織によって決められる」という点である。組織のこの決定は、継続的改善及び汚染の予防と 環境法規制の遵守に関する経営公約(コミットメント)として環境方針に明確にすることが必要であるが、 規格はこの公約が「組織の活動、製品又はサービスの性質、規模、環境影響に適切」であることしか求めていない。そして、適切かどうかの判断は、「費用効果に充分の配慮」をして「経済的に実行可能なところで最良利用可能技術を適用」をしているかどうかも考慮してよい。「公約」に関しても例えば法規制違反自体も不適合ではなく、違反状態が出現した場合に速やかに是正するなど公約実現に向けての努力が必要なだけなのである。ISO14001はすべての組織に一律の環境改善努力を求めているのではない。 組織はマネジメント戦略として必要で重要な環境影響の低減のためそれぞれに持てる力で可能な努力をすればよいのである。
   
   然るに日本ではほとんどの解説書が著しい環境側面とは関係ない部門も含めた全員参加の改善運動や、それが完了すればシステム構築の山場を越したと見做すほどの詳細な初期環境影響評価を必要としており、法規制の存在する環境影響はすべてを"著しい"に分類し、すべての著しい環境影響の改善を品質方針に掲げることを推奨している。また、ISO9001と同様に審査合格を意識した多くの実務的でない業務の実行と文書や記録の作成が行なわれている。一方で、継続的改善の対象はシステムであって環境パフォーマンスではないとの要求事項解釈が優先されて、「この規格の全体的な目的は(中略)環境保全及び汚染の予防を支えることである」という基本が忘れられている。
   
    中小企業でも適用できるように、また、環境投資が事業上の利益となって返ってくるように作成されたISO14001が、日本では負担できないほどの重荷になっているとすれば、それは、規格が意識して織込んだシステムの柔軟性をよそに、審査合格を優先する取組み(筆者が呼ぶ"審査の視点")がすべての組織に詳細な一律の形式を持ち込んだ結果であると考えられる。
   
<1> 「環境ー特別な配慮がISO14000シリーズの適用を拡げ強化する」(1995.11)
<2> 「 ISO14001とEMASとの橋渡し」(1996.10)
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.付加価値のある審査(Value-added Audit)
   "付加価値のある審査"の議論が少なくないが、システム運用の利益を実感できない受審組織の不満への審査機関の対応の側面が色濃い。この言葉は、米国の雑誌記事の "Value-added Audit" の翻訳であろうが、"Value added"は事業活動が創造する価値、つまり「付加価値」である。これが"value-added"という形容詞として使われる"Value-added audit"は「単なる審査を越える付加的サービス」と定義されているから、「追加的価値のある審査」の意味である。そこで「追加的価値」を考えるには、ISOマネジメントシステムに関する第三者審査の目的や意義から検討しなければならない。
 
    まず規格の「監査」は「監査基準が満たされている程度を判定する活動」であり、第三者審査では監査基準は規格であるから、「組織の品質又は環境マネジメントシステムがそれぞれの規格の要求事項を満たしている程度を判定する活動」である。 評価、判定の結果が「監査所見」(同 3.3)であり、これには「改善の機会も示し得る」し、監査結論でも「マネジメントシステムの効果的実施、維持、改善」を扱うことができる。つまり、合否判定に加えて改善の余地のあるマネジメントシステムの問題点を示すということは認証審査の一部であるから、これを追加的価値と見ることは適切でない。
 
   前記雑誌は "追加的価値のある審査"の例として、規格要求事項でなくとも欠点は指摘する、改善ないし合理化できる問題を指摘する、維持が煩雑または困難なシステムの部分については黙っていない、実際の業務に価値の認められない或いは規格が必要としていない文書や作業は指摘する、を挙げているから、これなら認証審査の通常の範疇である。記事は「もし組織が我々から得るのが壁に掲げる登録証だけであって、組織の財務上の利益の改善に寄与できなかったなら、我々は失敗したことになる」との審査機関社長の発言を引用している。これなら"追加的価値のある審査"ではあるが、どのような審査の指摘が財務上の利益をもたらすのかには触れていないから絵に書いた餅である。
 
   次に第三者審査は組織のマネジメントシステムの規格適合性評価の手段であり、適合の証拠として審査登録機関は登録証を発行する。登録証は、組織の品質又は環境マネジメントの業務が 規格に沿って効果的に実行されていることを顧客や市場、社会に保証するものであり、組織の製品ないし活動がそのニーズと期待に応えるものであるとの安心感をもたらす。組織は登録証を買っているのであって審査という活動に対価を支払っているのではない。組織が審査機関に求めるのは登録証であり、登録証の市場や顧客取引における有効性である。如何に審査という活動の価値を高めても、製品たる登録証に価値が見出されなければ受審組織は満足しない。登録証を得たことへの利益が実感できないという不満への対策に審査の追加的価値が持ち出しても問題解決にはならない。
 
更に審査機関と受審組織の専門性と責任の分別である。規格は成功を納め世界的に認められた最新のマネジメントの理論に基づいている(ISO中央事務局:ISO9001/14000謎解きの旅,[基本];汎用的マネジメントシステム規格)。規格の規定は組織の多くの管理者によって実践され、あるいは、効果的実行を目指して習得され、試みられている現実のマネジメント業務の考え方と手法を共有している。マネジメントシステムに関しては受審組織の管理者に専門性があり、審査員は審査の専門家である。審査員がマネジメントシステムの機能上の改善点を管理者に指摘できると思うのは論理的でない。実際に財務上の利益をもたらすような改善指摘を審査員の業務として結果責任を問われることになった場合に、どれほどの審査員や審査機関がこれに堪えることができるか。審査員は適合性の視点での改善の指摘にとどまらざるを得ず、それは"追加的価値"ではない。
   
  審査の"追加的価値"として、システムの機能上の欠陥を指摘するというのは、審査登録機関の組織に対する優越意識の匂いがし、"追加的価値"を"付加価値"と呼ぶ安直さは業界の非論理性を反映し、現実的でない"審査の付加価値"説は結果責任を顧慮しない官僚的形式主義の現れである。公式調査でも品質又は環境マネジメントが規格に従って効果的に実行されていないことを半数の組織が認めている。受審組織の関係者と周辺に増大する審査や審査員あるいは審査登録制度に対する不満と不信の解消には、このようなシステムの存在を許さないような審査機関の取組みではないだろうか。このような審査こそが、適合性評価制度の枠組みの中で本来の "価値ある(valuable)審査" であり、審査が"付加価値(value added)の創造"に与ったと言える。少なくとも受審組織が審査の追加的価値の提供を望んでいるとは思えない。
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2.ISOは役に立っているか? −混迷の実状
   昨年末に日本のISOの元締め、日本工業標準調査会がISO導入の1000社に対するアンケート調査結果を発表した。ヤフーの掲示板では7/26以来「ISO9001は本当に役に立つのか?」の議論が活発に行なわれている。前者は経営者、管理者層、後者は実務層のISOへの見方を反映したものと思われるが、どちらもISOの表面的隆盛と裏腹の歪んだ現実を浮かび上がらせている。
   
  即ち、アンケート調査では「ISO導入の目的が達成されたかどうか」に対する肯定意見はISO9001で55%、14001で58%であり、ISO9001の2000年版登録取得の便益とコストの関係でも肯定意見は59%に過ぎない。掲示板では本論の「役に立つのか」に対しては、70%が否定的な見解を寄せ、肯定意見は「使い方次第で役立つ」との条件付を含めても30%とわずかである。情報の性格から両数値とも偏りがあると思われるが、これを割り引いて考えても、ISO導入組織の半数までもの経営者が登録取得の目的を達成できず、コストに見合う便益を得ていないと認め、一方でシステム運用を支える人々の過半数がISOの効用を否定している。
   
  掲示板の意見は更に辛辣で深刻である。第一に、否定的意見を表明した人の1/3は、二重帳簿となったり、審査前に書類を整えるといったシステム運用の実態を指摘している。肯定意見も現実にはISO取組みが形骸化していることを認めている。次に、否定的意見の37%が、審査や認証制度に対する不信感を述べている。これらには風評や誤解が影響している感もあるが、実務担当者が形骸化していると認めるシステムが審査に合格している事実からくる率直な疑問に根ざすと考えることができる。更に掲示板には、このような実態にもかかわらずISOを維持する経営者、管理者に対する不信が多く綴られている。
   
  アンケート報告書は、目的達成度に関して「・・%である」と記述しており、わずかに1/2という数値に対する危機感がない。掲示板の否定的意見の1/3は「ISOは元々役に立つものでない」と冷たい。ISOは本来このようなものだ、とISOの提供側も導入側も考えているようである。
   
   アンケート調査と掲示板は、何のためのISOかの理屈を無視し、ただ登録証を得ることだけを関心事とする日本のISO取組みの実態とその結果を写したものに他ならない。   規格提供側は登録件数の増加に満足し、経営者はとにもかくにも登録証を取得し維持できていることで目的を達成している。しかし、実務層は形骸化した実務への疑問から制度とそれを推進する者への不信を強めている。ISOは1980年代の日本製造業の世界的成功の背景だったマネジメントを体系化したものである。日本のISOの現状が規格と認証制度の本質でも意図でもないことを率直に信じないと、日本経済は世界に益々水を開けられることになる。
このページの先頭へ 詳しくは<62-01-02>

. 簡易版EMSは中小企業のために必要か、
                      そして、利益になるか
   最近、いわゆる簡易版EMSが話題となっている。 これらはいずれも、ISO14001の審査登録が費用、人的資源の面で、また、内容が高度なために中小企業には困難であるので、より容易に取り組めるシステムを提供するという意義を謳っている。
   
   簡易版EMSには、特定の環境影響の改善に取り組む活動という実質的に マネジメントシステム ではないものもあるが、多くは、ISO14001の要求事項の適用を緩和することを「簡易」の意味とし、取組みの容易さであるとしている。そして、ISO14001との整合を図るため、要求事項の適用や解釈を当初は緩和して、徐々にISO14001並みのマネジメントシステムに到達させるとする段階的取り組みとなっている。更にISO14001以上の成熟したシステムにまで進歩させる段階を設けているものもある。

    ISO14001は、組織が環境改善の実績を効果的、効率的に挙げるために必要な業務取組みの方法を示している。要求事項は全体として意味があるのであって、どれかを適用をしなければシステム全体が機能不全となる。この故に、ISO14001の要求事項の適用を緩和したシステムは、その目的達成能力に欠陥があるということである。 また、組織が認証審査を受けるのは、組織が継続的改善の果実が得られるような効果的な環境影響改善の取組みをしていることを確認することである。システム運用の期間が長くなると、改善の実績の有無や程度は自ずと明確になるので、改善実績の程度を"システムの成熟度"とするならば、それを第三者に評価してもらう必要は乏しい。
   
   簡易版EMSの主張の根本的な問題点は、ISO14001が中小企業及び開発途上国が採用できるという観点で検討され、必要な要件が採り入れられているという事実を見落としていることである。規格は序文で「この規格は、あらゆる種類・規模の組織に適用でき、しかも様々な地理的、文化的及び社会的条件に適応するように作成した」と明記している。  しかしながら日本では、例えば「環境側面は漏れなく抽出しなければならない」とし、すべての組織に厳格な環境影響評価を求めている。また、ある簡易版EMSが「初期には目的・目標の設定は"各階層"でなくともよい」と要求事項を緩和したと主張しているが、"すべての階層"は元々ISO14001の要求事項ではない。要するに、要求事項解釈が、要求事項適合の条件を規格の意図しない高度なものとしてしまっているのである。
   
   本来中小企業も導入できるように作成されたISO14001にもかかわらず、日本で中小企業の取組みを困難にしているとすれば、規格の理解と要求事項の解釈における審査合格優先の風潮とそれに基づくシステム構築における形式重視、つまり、"審査の視点"に目が向けられるべきであろう。
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